2023年秋リンツ美術工芸大学交換留学体験記(後編)現地での学生生活
こんにちは。IAMAS博士前期課程2年の松井美緒です。
本記事は、以下の記事の続きになります、まずはこちらを読んでください。
「2023年秋リンツ美術工芸大学交換留学体験記(前編) 留学最初の1ヶ月間」
本編に入る前に、前回のクイズの答え合わせをしたいと思います。
② Zug → 電車
③ U-Bahn → 地下鉄
④ Straßenbahn → トラム(路面電車)
なので、④ Straßenbahn が正解でした!無理矢理カタカナで発音を書くと、シュトラッセンバーンという感じです。bahnには「(人が作った)道」的な意味があるので、それがわかると① Einbahnと ③ U-Bahnも意味が予測できそうですよね!
einは1という意味です。私は現地でドイツ語の1から10までを覚えたのですが、街中でEinbahnと書いてある標識をみかけ、意味をなんとなく予想できた時はちょっと嬉しかったです。
U-Bahnは、Untergrundbahからきていますが、英語のundergroundと似ているのでイメージしやすいですね。
④ Straßenbahnも、字面からなんとなく、英語のStreet + bahnと理解すると、路面を通る電車と理解できそうです。ちなみに②Zugはツークと読みます。
クイズは以上です。
後半では、10月から帰国までの、現地での大学生活について書きました。
授業について
Interface Cultures学科(以下IC)に留学しているが、実際に受けていた授業は「Time Based Media」という学科(以下TBM)のものだった。私は留学を志望する時点で前回の留学生である石塚さんからTBM学科の存在を聞いており、大学のウェブサイト上でどんな授業があるのかチェックし、サウンドスケープについてのクラスなどがあることから強く興味を持っていた。
他学科の授業であっても、大抵は短期の交換留学生も歓迎してくれた。学内にはシラバス検索システムがあり、ICの友人に教えてもらいながら受けたい授業を探した。IC学科は学生のほとんどが留学生なので全ての授業が英語だが、その他の学科はドイツ語+サポートで英語ということが多い。しかし、実際に教室に行くと、ドイツ語がわからない学生がいると進行を英語に切り替えてくれることがあり、ありがたかった。
私が受けた授業についていくつか紹介する。
①Acoustic Ecology
TBMのクラスで、授業名の「Acoustic Ecology(音響生態学)」とは、サウンドスケープ概念の考案者であるR.マリー・シェーファーが提唱した研究領域である。主な授業内容は音響について基本的なところから考え直し、議論するというものである。受講者はとても少人数で、先生が疑問を投げかける形で進行していく。たとえば、学科の名前にもなっているタイムベースドとはそもそもなんなのか、という議題や、ピアノの音と机を叩く音を比べ、どのような違いがあると思うか、など、素朴な質問に対して、さまざまなバックグラウンドを持つ学生たちとそれらのテーマについて改めて考え直し再定義してみようという趣旨がとても面白かった。
また、教室の中で5分間全員で静かに目を閉じ、音を聞くというワークもあった。この時は、私が指名され黒板に書いていったが、難しい単語はないとはいえ全員の注目のもと必死に英語に変換しながら書いたのでとても緊張したことをよく覚えている。「お腹が鳴る音って英語でなんていうの?」など質問もしながら書き切った。
さらに、教室の外に出てフィールドワークを行う回もあり、そこでは、ドナウ川沿いを先生のガイドについて歩きながらさまざまな音に耳を傾けた。
このように、やることそのものはとてもシンプルで初学者でも参加できる内容だが、音や音環境、その中で生きる私たちについて、真剣に向き合い、そこからディスカッションするという授業は、非常に楽しく、改めて考える機会になった。
②Pause, silence, rest
この授業で特徴的だったフィールドワークについて紹介したい。受講者は6人ほどで先生は1人で、全員で耳栓をし、リンツ市内を日が暮れるまで歩きまわるという内容である。数分ではなく、数時間この状態だったためとても強烈な体験となった。耳栓をすることで、聞こえる音が限られ、小さくなった街の音に耳を澄ましながら街を観察する。耳栓をしているからこそ聞こえる自分の歩く時の振動や、耳栓をしてもなお聞こえる車の音や工事の音が印象的だった。また、耳栓によってメンバーと会話をすることはできないので、アイコンタクトとジェスチャーで街を探索すること自体もコミュニケーションとして面白かった。
耳栓をすることで通常聞こえる街の音が減衰し、普段は気づかないような微細な音に焦点を当てるというこのフィールドワークは、環境の音響的特徴を理解することにつながる。シェーファーは『世界の調律』のなかで「必要なのは耳栓ではなく、<透聴力>である」と述べたが、耳を澄ますためにあえて音を遮断する用途の耳栓を装着し、サウンドウォークを行うことが「透聴力」を高めることとなった。
③Acoustic design
このクラスは、簡単にいうと音響のデザインの授業で、DAWソフト上での実用的なTipsや理論についての講義や、学生や先生の作品をみんなで聴いてディスカッションするといった内容だった。IC学科がある校舎とは別の、メインの校舎の中にあるサウンドスタジオで開講される。
授業の中で、学生たちが持ち寄った作品を聴き合う回があり、スタジオの設備で流して感想を言い合ったり、波形を見て先生が話を広げたりした。私は以前大型のウーファーで流す作品で制作した音を持っていった。低音の振動がメインだったので、先生が途中でどんどん音量を上げていき、盛り上がっていた。この回では私以外の全員がドイツ語話者だったのだが、一人の学生が私のために英語にしようと提案してくれて途中から英語で進行してもらい、とてもありがたかった。
④Listening as a creative act
このクラスは、普段何気なく聞いている音をより多様な観点で捉えようという内容で、動画を見たり音楽を聞いたりしながらディスカッションしていった。日が暮れてからの授業で、教室にあるソファにゆったりと座ってプロジェクターをみながらリラックスして楽しめるような雰囲気だった。校舎内でピザパーティーがあった日はピザやお酒を持って講義に参加するようなこともあった(先生も陽気な人で、ウェルカムな感じ)。ある回では山の上にある先生のスタジオに全員で訪れ、ビールやジュースを飲みながら話したりもした。
授業が始まる前に、毎回さまざまなジャンルの音楽を先生が紹介してくれる。ノイズミュージックやボーカロイドも出てきた。さらに、ガムラン音楽が登場した日、「ガムランをやったことがあるよ!」と言ったところぜひ見せてくれという話になり、ガムランの映像を紹介した。ガムラン奏者に会ったのは初めてだそうだ。
⑤Art thinking
IC学科のクラスで、アルスセンターの講義室で実施され、講師は小川秀明さんである。
アーティストとして何をどう考えるかという大きなテーマで、ジョン前田氏の”Design is a solution to a problem. Art is a question to a problem.”という一節を引用するところから始まり、デザインの思考とアートにおける思考を比較しながらArt thinkingとはどんなことか、といった内容で講義が進んだ。とある課題に対して、解決策を創造するのがデザイン的思考であるとすれば、アート的思考ではクエスチョンを創造する、という話が印象に残っている。そういった話を導入として、”Creative Question Challenge (CQC)”という、複数人で対話する中で、クリエイティブな問いを検討し提案するというワークショップが行われた。学生3,4人にグループを分け、20分間以内でクリエイティブなクエスチョンを一つ決める。メンバーそれぞれの社会的な関心を出していった結果、共通の直近の大きな出来事として新型コロナウィルスの話が上がり、そこから最終的に、私たちは「もし葬式がオンラインで行われるようになったら幸せなのか?」(うろ覚え)というような問いに決まった。この問いは、遠く離れても繋がれることの功罪と、私たちの古典的な儀式が今後どう変容していくのかという関心に基づいた一つの具体的なクエスチョンであった。このワークショップに正解はないが、その問いがYesかNoかで答えられないようなものがより良いとされるため、全体での発表ではそういった点で評価された。私のチームはエジプト、スペイン、コロンビアと、みんな出身国がバラバラであったため、その中で話し合うこともとても貴重な体験だった。
⑥Lerning Linz
この授業はIC学科のクラスで、リンツ市内のアート施設などをみんなで周り、地域の施設を今後活用することに繋げたりするためのものである。
特筆したいのは、Tabakfabrik Linzというタバコ工場跡地の施設である。施設がかなり大きくさまざまなエリアがあったが、特にサウンドアート作品が多く展示されている場所がとても楽しかった。
以上の授業を受けていたが、学期が始まってからわずか2ヶ月で去ってしまうので最後まで授業を受けられないのがとても残念だった。
ベルリンでギャラリー巡り
ベネチアでシュルレアリスム絵画を鑑賞してから興味が湧き、さらに見るためにベルリンを訪れ二日間で8つのギャラリー・美術館をめぐった。リンツから夜行バスで向かう。今回は、リンツで知り合った友人と一緒だったため間違えずに移動することができた。
訪れたのは具体的には以下の施設だ。
- Gegenwart美術館(Hamburger Bahnhof)
- Berlinischeギャラリー
- ベルリン・ユダヤ博物館(Jewish Museum Berlin)
- KÖNIGギャラリー
- khroma(メディアアートセンター)
- イーストサイドギャラリー(ベルリンの壁のギャラリー)
- シャルフ・ゲステンベルク・コレクション(Sammlung Scharf-Gerstenberg)
- Contemporary Fine Artsギャラリー
どれもおすすめだが、Geganwart美術館ではちょうど李禹煥の大規模な回顧展を行っていた。ここまでたくさん李禹煥の作品を間近で見るのは初めてだったが、展示経路やキャプションがとても丁寧で、「もの派」の動向について学べるような工夫が凝らされており、作品に対して以前よりも理解が広がり、魅力を一層深く感じるようになった。(帰国してしばらくしてから、直島にある李禹煥美術館にも足を運んだ。)
また、シュルレアリスムの作品が多く集まるシャルフ・ゲステンベルク・コレクションでは、絵はもちろん、映像作品も上映されており、たまたま観たのがマヤ・デレンの『Meshes of the Afternoon』だったのだが、観ているうちに惹き込まれるような作品で、特に印象に残っている。
これ以外にも、書き切れないほどたくさんの作品を鑑賞し、心に残る作品に数多く出会った。そして、後で調べてみて、有名な作家の有名な作品だったことを知るとか、読んでる本に出てくるといったことが多発した。詰め込みすぎて、旅行の最後の方はベルリンを駆けずり回る羽目になったが、たくさんの作品を見ることができて本当に良かったなと思った。
これだけ大量に作品に触れてやっと、写真で見られる絵でも直接見るのとでは全然違うな、ということを身に沁みて理解した気がした。
現地での修士研究活動
現地では実際には授業や作品鑑賞、関連する論文を探して目を通すなど、インプットが中心だったように思う。無限平面系ツールのmiroを用いてそれらを分類したり、さらにリサーチを進めるなど行った。
また、現地で必要になった文献は基本的に電子書籍の読み放題サービスで入手していた。大学の図書館も利用していたが、ドイツ語の文献が中心なので、そこでは主に画集を見ていた。
さらに制作としては、年明けにIAMASで行う年次発表に向けてどのような作品を作るかのアイデア集めをしながら構想を練っていた。一つのアイデアとして映像音響作品を検討していたので、リンツのドナウ川沿いでレコーディングやスマホカメラでの動画撮影をしていた。
このような研究活動とあわせて、オンラインでIAMASの主指導教員と定期的に面談を行いながら進めていった。
週末のオーストリア国内旅行
週末には、現地でできた友人とオーストリア国内を旅行した。
ハルシュタット・ザルツブルク・ウィーンを訪れた。それぞれ短い滞在だったので、あまり作品巡りはできなかったが、オーストリアの文化を目一杯楽しんだ。
DJイベントの開催
帰国間近に、リンツにあるバーの地下スペースでDJイベントを開催した。研究以外に何かひとつ挑戦してみたいなと思っていて、DJの機材を持参していた。Interface Culturesの学生の中でVJをやっている人やライブコーディングをやっている友人を誘って一緒にイベント名を考えたり、フライヤーを作ったりして当日を迎えた。イベント当日は、留学中にさまざまな場所で知り合った友達がたくさんきてくれた。開催に至るまで、ドイツ語が母国語の店員と英語すら流暢には話せない自分とでなかなかうまく行かないこともあったがそれも含め、とても貴重な人生経験になった。
終わりに
留学中、リンツで出会った友達から大きな刺激を受けました。ICの学生はもちろん、現地で出会った日本からの留学生たちは、短期の交換留学ではなく現地の大学に正式に入学しており、数年単位でリンツで暮らすため、それぞれが大きな覚悟を持って来ているし、分野は違えど、毎日大学に来て絵を描いたり制作している姿をみて自分も頑張ろうと思えました。とても感謝しています。
また、留学にあたって、家族から多大なサポートをもらいました。この場を借りて感謝を伝えたいと思います。ありがとうございました。
ここまで読んでくださりありがとうございました!