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リンツ美術工芸大学交換留学体験記 #2 芸術祭・美術館訪問編

情報科学芸術大学院大学修士1年 鈴木健太

本学では、メディア表現における海外の先端事情と技術を学び、国際的な感覚をもって活躍する高度な表現者を育成するために、本学と交換留学に関する協定を締結してリンツ美術工芸大学との交換留学を実施しています。毎年1名が提携校に1~3ヶ月留学するとともに、提携校の学生がIAMASに滞在し、互いに交流を深めます。
本連載では、今年度、リンツ美術工芸大学に交換留学中の鈴木健太さんから留学中の体験をレポートしていただきます。

 

はじめに

こんにちは。IAMASの交換留学制度を通して、リンツ美術工芸大学(Kunstuniversität Linz)に交換留学をしている修士1年の鈴木健太です。本プログラムに関して、自身の体験や考察を踏まえながら、数回に分けて連載という形で報告してしきます。3ヶ月の留学生活を2週間に1回のペースで、合計6回のレポートを予定しています。

さて、今回は連載第2回目として、Ars ElectronicaとZKM(Zentrum für Kunst und Medientechnologie in Karlsruhe)に訪れた内容について報告したいと思います。

前回の記事で、これから制作活動する上でリンツやArs Electronica Festivalを訪れたいと書きました。僕は、技術を起点として醸成される社会や文化に興味があり、それらを対象とした制作をしたいと考えています。そのアプローチとして、メディアアート作品の制作が考えられますが、自身の考えがまだ非常に曖昧であり、メディアアートという領域もまた曖昧で複雑です。今回の留学では、自身の活動の指針にすべく、海外のメディアアートを取り巻く環境を知りたいという理由から、Ars ElectronicaとZKMを訪れることにしました。

 

Ars Electronicaを支える4本の柱


Ars Electronicaは文化機関の総称であり、芸術祭である「Ars Electronica Festival」、コンペティションである「Prix Ars Electronica」、研究所である「Ars Electronica Future Lab」、そしてこの「Ars Electronica Center」の4本の柱で構成されます。ここから分かるように、単なる芸術祭や単なる美術館としての機能に留まらず、社会を巻き込んで「アート、テクノロジー、サイエンス」を横断する文化を育てようという意志を感じます。今回の記事では、この4本の柱のうちArs Electronica FestivalとArs Electronica Centerに関して報告したいと思います。

Ars Electronica Festivalは、オーストリアのリンツ市で開催されるメディアアート・デジタルアートに関する芸術・先端技術・文化の祭典です。その歴史は、1979年に「アート・テクノロジー・社会」をテーマにした地元のフェスティバルとしてはじまり、1986年より独立したイベントとして毎年開催されるようになったそうです。このフェスティバルには、アーティスト・科学者・技術者・起業家・活動家が参加し、訪問者は様々なイベントに参加することができます。会期中には同時並行で会場内の様々な場所にてイベントが開催されます。イベントには、カンファレンス、パネルディスカッション、ワークショップ、展示などがあり、異なる日程や場所で展開されるので、プログラムを見ながら自分の好みに応じてイベントに参加ができます。以下では、僕が参加した中で特に印象に残った展示を取り上げていきます。

1. リンツに根付く「未来のミュージアム」


フェスティバルの中心地であるリンツ旧市街地を北上し、ドナウ川を超えるとArs Electronica Centerと呼ばれるメディアセンターがあります。この施設は、1996年に立ち上がった常設の教育機関・美術館で、「未来のミュージアム」と呼ばれています。もちろん常設展示であるので、フェスティバル中も展示を鑑賞することができるうえ、会期中には様々なイベントが開催されるイベント会場にもなっています。

この施設に一歩足を踏み入れると、その教育機関としての性質や技術的な要素を含んだ作品を対象としているせいか、どこか科学博物館と美術館が混ざり合ったような雰囲気があり、観客は子供が多い印象がありました。企画展示では、作品を展示をするとともに、その背後にある技術の理解を促すように構成されています。僕が訪れた時には、「Understanding AI」や「Neuro Bionics」といったテーマの展示がされており、それぞれ人工知能や脳科学にを対象とした展示がされていました。また、展示ツアーやワークショップ、イベントも頻繁に開催されており、そういった側面からも教育的な性質を感じました。

僕の留学先の大学であり、ドナウ川を挟んで対岸にあるリンツ美術工芸大学とも密接な関係があります。僕の留学先であるInterface Cultures学科の授業には、「Social Interfaces」という授業があり、この授業はArs Electronica Centerで行われます。講師は Future Labに所属し、アーティストでもある小川秀明先生で、授業では、芸術、技術、社会の間の社会的インターフェースの多様性について議論するそうです。他学科の授業でも、センター内の8Kの映像が投影できる「Deep Space 8K」という部屋を使用した作品制作をおこなう授業もあるようで、様々な接点で協力関係にあるように思えます。

2. Ars Electronica FestivalとInterface Cultures


Interface Cultures学科とArs Electronicaの密接な関係については、フェスティバル内の「Campas Exhibition」という世界中の大学の展示が集まるエリアで学生展示からも感じられました。僕は生活に慣れるため、フェスティバルに先立ってリンツの滞在を始めており、それならばと、 学科長でありメディアアーティストであるChrista Sommerer先生から、この展示のPress Conferenceに招待していただきました。

Press Conferenceでは、学科の教員と学生が勢揃いをし、報道関係者やイベント関係者に対して展示の説明を行なっていきます。はじめに、教員から学科と展示の全体テーマに関する説明があり、その後、それぞれの作品について作者が解説をしながら全員で順に展示を回っていきます。学科の学生数が40人程で、IAMASの人数規模と変わらないこともあり、その雰囲気はIAMASでのOPEN HOUSEや授業の展示に近い穏やかな雰囲気がありつつも、世界中から多くの人が訪れるイベントであるため、緊張感が漂っていました。

フェスティバルでの学科の展示は2005年から毎年開催されており、今年の展示は「TRANSCODE」というテーマのもと、学生作品が17作品が出展されていました。学科の授業には、「Ars Electronica Project」という授業があり、履修者を中心に会場デザイン・会場設営・ポスター制作・設備管理を含めた展示準備を進めるようです。また、個人プロジェクトに関して「Student Project Support」という授業があり、教員と個人的にディスカッションをしながら制作を進めることができます。展示に参加していた学生に話を聞くと、9月頭のフェスティバルの展示に向けて制作を頑張り、展示終了後、10月頭に始まるWinter Semmersterまでの休暇として過ごす人が多いとのことです。

作品の種類は、ネットアート、サウンドアート、投影装置やVR・機械学習を用いたものがあり、社会批評性を持つ作品が多い印象でした。技術力は決して低くないものの、技術的な部分を押し出すのではなく、作品を通していかに社会を捉えているかに焦点を当てているものが多いと感じました。Press Conferenceが終わると、それぞれの作品の前で、作者を中心として学生や関係者によるディスカッションが始まり、熱々とした議論が繰り広げられていました。

純粋に、このような展示機会が得られる学生を羨ましく思いました。それは、多くの人に見てもらえるのは勿論、展示までの学科のサポート体制やこのようなトピックに精通している人々とのディスカッションの場は、これから作家として活動したいと思う学生には恵まれた環境だと思いました。ここには、Christa先生をはじめとした教員の方々や、Ars Electronicaのスタッフの教育に対する姿勢がうかがえ、こういったところから土壌が形成されていくのだなと強く感じました。

3. Ars Electronicaの40年から読み解く時代背景とメディアアート


フェスティバルの中で、印象に残った展示の1つに、「Ars on The Wire 40 Years Ars Electronica」があります。この展示はPost CityのRoof topを全体を使い、空中回廊のようになっている通路に沿って、Ars Electronicaの40年の歴史に関する文章や映像、実機が展示されていました。それぞれの年のテーマとそのアーカイブ資料の展示、「Net Art」「Phisical Telepresence」といった特定のトピックに関わるプロジェクトの展示のほか、日本のメディアアートについてまとめた展示もされていました。

今年のテーマである「Out of the Box: The Midlife Crisis of the Digital Revolution」は、この歴史を意識したもののようです。40年という時間は文化的にみると非常に短いですが、情報技術という観点で見ると、その変化速度に対しては十分に長いように感じます。「アート・テクノロジー・社会」に焦点を当てているこのフェスティバルもまた、その技術とともに変化しており、テーマを見るだけでもその時代性を何となく感じることができます。

1つ1つの展示を見ていくと、より詳細な時代背景やそれに対する姿勢を読み解いていくことができます。特に、当時のドキュメントアーカイブの展示や、ブラウン管で表示されている作品の映像やインタビュー映像は、文面やインターネット上で手に入る情報よりも、非常に生々しく当時の様子を伝えていました。また、多くはないもののいくつかの実機が展示されており、実物やその挙動を通じて現在と相対化した当時の技術を感じることができました。

僕は現在24歳で、大学に入学してはじめて情報技術に意識的になったので、たかだか4年程しか共時性のある意識的な観察を出来ていません。インターネットは普及し、誰もがスマートフォンを持ち、大学にはファブリケーション機器があり、先輩たちはオープンソースを用いた作品を作っている時代が僕の制作のスタート地点です。そのような自分が40年の歴史を前にすると、時代背景や当時の人達の技術に対する問題意識とのギャップを改めて感じました。ここから、Ars Electronicaのような常に時代と寄り添ってきた組織の存在やその取り組みのアーカイブの重要性を再認識しました。

一方で、これまでのメディアアートのアーカイブの限界も感じました。メディアアート作品が技術的な要素を含むが故に、長期保存に向かないという話はよくされていますが、数少ない古い機械がやっとのことで動いているような様子を見ると、その問題を直接突きつけられてる気がしました。やはり、こういった展示の中で、歴史とそれに呼応する作品を理解しようとした時には、ドキュメントと写真・映像だけではどうしても捉えきれない部分が少なからずあり、その弱さを認識せざるを得ませんでした。

 

ZKM(Zentrum für Kunst und Medientechnologie in Karlsruhe)


Ars Electronica Festival が終わり、授業が始まるまでの間にヨーロッパの美術館に行こうと、ドイツ・カールスルーエにあるZKMにも訪れました。この施設は、1989年に設立されたメディアセンターで、メディアアート・タイムベースドメディアを専門的に扱う世界でも数少ない施設です。いくつかの美術館と研究所の複合施設であり、現代美術館、メディア美術館、映像メディア研究所、音楽と音響研究所、基礎研究所メディアと経済研究所、映画研究所によって構成されます。また、隣接するカールスルーエ造形大学と密接な関係にあり、連携した活動もおこなっているようです。

実は、留学計画ではヨーロッパの美術館をいくつか周ろうと計画していたのですが、出国直前までおこなっていた制作で制作費を使いすぎてしまい、どこにもいくことができないという状態に陥ってしまいました。しかしながら、クラウドファンディングで支援を募ったところなんとか、リンツーカールスルーエ間を往復し、1泊できる程度の資金は調達できました。アプリのおかげで、電車の切符の買い方や行き方にも困ることなく、リンツからカールスルーエまで電車で8時間程、何回か乗り換えをしてたどり着きました。

1. メディア技術の変遷とその反応としてのメディアアート


僕が訪れた時には、「Writing the History of the Future」という展示がされていました。この展示では、1950年代以降のメディアの変化にともなう芸術の多様化に焦点を当てており、500以上の作品が展示されていました。その形態は、写真、グラフィック、絵画、映像、ホログラフィー、キネティックアート、オプ・アート、サウンドアート、ビデオアート等がありました。

その作品数もさながら、古いメディアを用いている作品であっても実物展示が多いことが印象的でした。前述した「Ars on The Wire 40 Years Ars Electronica」がドキュメント・写真ベースでメディアの歴史を振り返るのに対し、実動する作品・キャプションベースでメディアの歴史を振り返る展示だったため、相対的にその多さに驚きました。ここからZKMのメディアアート、タイムベースドメディア作品の修復・保存に関する取り組みの一端を伺えました。

展示はそれぞれ、「media and body」「media and architecture」「media and envirment」といったある特定の事象とメディアの関係毎に作品がまとめられていました。メディアという存在がそれぞれの領域においてどのような影響を及ぼしたのか、どのように根本的な変化を巻き起こしたのか、そして、それらに反応してどのような作品が生まれてきたかを読み解く設計のように思えます。それぞれのテーマ毎にドキュメントがあり、それを読むことで背景を頭で理解すると同時に、実物展示を通じて感覚的に捉えるという流れで鑑賞をしました。共通して、メディア技術のめまぐるしい変遷に対する反応としてのメディアアートの性質を強く感じ、最終的には現在に接続されているように感じました。

 

2つのメディアセンターを訪れて

前回の記事の中で、「技術や技術を元にした芸術文化が生活に根付いている様子が印象的でした。」という記述をしました。今回の訪問を通じて、このように感じた背景には、Ars Electronicaが単なる芸術祭・ミュージアムではなく、リンツ市や大学、市民を巻き込んだ活動をしてきたことが一因としあるような気がしました。自分があの時に感じたことは、40年近い年月をかけて醸成された文化の一端に触れたとも言えるかもしれません。同様のことはZKMからも感じ、併設されているカールスルーエ造形大学の活動や、展示訪れるたくさんの小・中学生、ワークショップに参加する人々が見られました。こうした恒常的な取り組みは、絶え間なく変化するメディア技術変化と切り離せないこの分野において、極めて重要だと感じました。

今回のレポートでは、個々の作品ではなく、メディアセンターの取り組みにフォーカスしてまとめました。それぞれの展示に興味を持たれた方は、サイトに行くとweb上で作品を見ることができるので、是非ご覧になってください。次回は、リンツ美術工芸大学の生活について報告していきたいと思います。