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2022年 リンツ美術工芸大学交換留学体験記 #3 メタバースを概念から解釈する展示”META.space”を読み解く

新垣隆海(博士前期課程2年)

こんにちは。情報科学芸術大学院大学博士前期課程2年に在籍中の新垣です。今回がリンツ美術工芸大学での交換留学レポートの最終回となります。今回は、リンツの美術館で開催されていた「META.SPACE」という展示の調査を通して、自分の制作・研究のテーマでもある「メタバース」についての考察を述べます。

 

そもそも、なぜ留学をしたのか

IAMASの交換留学制度に出願する際には、研究計画書を提出します。正直に言えば、漠然と自分は海外に対する憧れがあり、海外で生活をしたいというのが第一の動機でした。しかし、それではただの海外生活となってしまいます。そうではなく、研究・制作の一環として、この交換留学制度はあるので、研究計画をまとめました。入学した直後の自分はまだ具体的な制作や研究のテーマが定まっていませんでしたが、自分の興味であり、制作の道具にもなっているのは「VR」でした。これまで自分は、3DCGやゲームエンジンを用いて、VR作品や映像作品の制作を進めており、2020年以降はコロナ禍の影響もあり、メタバースやVRを用いた「バーチャル展示」や「バーチャルライブ」などのコンテンツも拡がりを見せ、自分も仕事の一環で制作する機会も増加傾向にありました。

コロナ禍で制作した映像作品

それを踏まえ、留学に向けての研究計画は「VR作品の体験と、「語られ方」についての研究」としました。例えば「バーチャル〇〇」などは、〇〇(コンテンツ)を拡張させる、または代替物としてのバーチャル・リアリティーの語られ方だと着目しました。しかし、芸術の歴史において、テクノロジーを用いた表現には、拡張や代替物ではない、純粋なメディアの性質や、人間との関係の中で描かれる想像力などを表象する作品があると考えました。時にはそれはVR HMDを用いらずに、漫画や映画などの物語で表現する作品もあれば、パフォーマンスや音楽で表現する作品もあります。
日本での作品だけでなく、オーストリアやヨーロッパ圏の美術館・アートフェスを巡り、「バーチャル」や「リアリティ」がどのような語られ方をしているかを調査することを目的として、留学中の滞在スケジュールを立てました。出国前のオープンハウス(毎年7月に開催される学外に向けたIAMASの展示)では、東京藝術大学の学生である伊藤道史さんと、音楽家のuku kasaiさんを招いて、「バーチャル・リアリティー」の語られ方をテーマにしたトークセッション「VRの”言葉“とわたしたち」を企画しました。

トークセッションのフライヤー

 

「META.SPACE」

上記の研究手法として、現地での展示や作品を選定し、翻訳から調査・考察を行おうと考えていたところ、リンツの美術館である「OK Center for Contemporary Art Austria(以下、OK Centerとする)」の企画展で、メタバースにおける空間に着目した展示「META.SPACE」が滞在中に開催されていました。まさに、自分のために開催したと言わんばかりのタイミングでした。以下では、META.SPACEがどのような展示であり、その内容と、考察を記述していきます。

概要

META.SPACE – Raumvisionen

主催:OK Center for Contemporary Art Austria
会場:Francisco Carolinum Linz
キュレーション:Fabian Müller-Nittel, Markus Reindl
会期:2022年9月1日 – 2023年1月8日

参加アーティスト

Anna Lucia, Aya – Artist from Creative Aya, Willem Janssonius Bleau, Nancy Baker Cahill, depart (Leonhard Lass, Gregor Ladenhauf), Herbert W. Franke, Franz Gebel, Alexander Grasser & Alexandra Parger, Robert F. Hammerstiel, Augustin Hirschvogel, Candida Höfer, Hans Hueber, The Institute of Queer Ecology, Ludwig Kasper, Johann Ev. Lamprecht, Lawrence Lek, Christian Lemmerz, Gerard de Leraisse, Lichterloh, Anton Lutz, Martina Menegon, Armin Mitterbauer, Julie Monaco, Bernd Oppl, Henriette Pausinger, r0zk0, Anne Spalter, Volatile Moods, Eduard Schulz-Briesen, Jakob Kudsk Steensen, Gerhard Valk, Georg Matthäus Vischer

約30以上のアーティストが参加しています。

上記が基本的な開催概要となっております。

Introduction

Meta.space – Raumvisionenでは、さまざまな時代の芸術作品の中から、空間のコンセプトやビジョンの背後にある、ヴァーチャル空間が発展する以前と現代の空間の創造を照らし出します。
グローバリゼーションとデジタル化の中で、「空間」とその社会的プロセスを説明するための関連性について、根本的な疑問が生じている。「空間」は物理的、すなわち地理的な空間であるだけでなく、何よりも集団や個人が日常生活におけるリアリティー、共同性、アイデンティティを形成し、定着させるために主観的かつ具体的に展開する知的、社会的な構成物である。1980年代末のいわゆる「空間論的転回」以来、空間は文化量として新たに認識され、時間はもはや文化科学量として唯一の研究対象ではなくなりました。したがって、Meta.space – Raumvisionenの理論的基盤は、イマニュエル・カント、アンリ・ルフェーヴル、そして最近ではマルティナ・レーヴに代表される「社会的に構築された空間」なのである。
この「社会的に構築された空間」の特徴は、それが知覚、つまり外界の経験に基づくものであり、そこには常に個人と主観が付随していることである。それは与えられた存在論的な物質ではなく、行為と相互作用によって決定される文化的・社会的プロセスの産物である。芸術の生産と受容の美的プロセスとのアナロジーは顕著であり、空間と空間性の様々な側面に関する歴史的・現代的芸術的ポジションの、このアンソロジー的提示において上位の現象を導き出し、空間に対する新しい認識、したがって新しい自己認識を生み出すことを可能にしているのです。特に、デジタル化、バーチャル化の進展を背景に、空間はもはや単なる地理的な量ではなく、社会的な相互作用や行為の結果として見なければならないことが明らかになり、それは現実の空間を補完し、行動する個人をより一層中心に据えることになるのです。

Meta.space – Raumvisionenは、空間と空間性についての、主観的で個別的な芸術的検証を扱うものです。そのための枠組みは、OÖLKGのコレクションから選ばれた作品と現代作品とのキュレーションによる対話です。

内容の枠組みは、15世紀以降の絵画的な空間問題に対する初期の画家の解決策の主題化、彫刻作品の空間性から、空間の感覚的、科学的、技術的発展、社会空間の記録と浸透に及びます。最後に、多種多様なデジタルワールドの概念を検討し、その芸術的・社会的意味を問うだけでなく、メタバース論争を背景に、現在のメタバースとメタスペースの概念のユートピアだけでなくディストピア的可能性を批判的に問うことに集約される。

(META.SPACE HP Introductionより引用/翻訳:新垣隆海)

 

イントロダクションは、展示の全体概要・キュレーションのテーマを説明しています。メタバースをテクノロジーとして受け止めながらも、それは突発的に現れた空間ではなく、科学を用いて人間が空間を拡張してきた一つの現象として捉え直す試みの展示であるとわかります。

展示空間は「Stages」「Interspaces」「Image Spaces」「Territories」「Environments」「Virtual Community」の6つのセクションに分かれて展開しています。
「Stages」~「Image Spaces」は主に美術において15世紀に制作された絵画や彫刻から、現代のテクノロジーであるVR/ARを用いた作品を並置しながら、空間の認識について美術史の観点から考察した展示を行っています。メタバースの考察を行ううえで、15世紀のファインアートを引用するのは、とても興味深いと感じました。実際にそれらの作品では、絵画作品でありながらも、人間が空間をどのように科学的に認識し、イメージに落とし込んできたかを読み取ることができます。日本でもメタバースやバーチャル・リアリティーをテーマにした芸術の展示会などは開催されていますが、絵画作品を展示することはほとんどなく、とても斬新なキュレーションだと感じました。

Image Spacesにおける絵画作品

「Territories」からのセクションは、20世紀以降の作品が取り上げられ、テクノロジーが大きく空間に影響を与えていることが読み取れます。「Territories」では、地図、地球儀や隕石、衛星写真などが、テリトリー(領域)を科学的に記録するための表象物として用いられ、テクノロジーが我々の空間認識に大きく影響を与えていることを展示しています。

Territoriesの展示

また、隕石の展示もされており、それは我々が住む地球の外側にも、まだ我々が認識していない空間があり、それを探求する原動力として純粋な科学の記録にとどまらない捉え方をしていました。

隕石の作品?

「Environments」「Virtual Community」では写真、映像、インターネット、AI、バーチャル技術などが用いられ、テクノロジーによって形成された空間に対する詩的な側面や、芸術的側面にフォーカスし、現代美術家や映像作家、デザイナーの作品が展示されていました。

映像作品

特にロンドンを拠点に活動する映像作家、現代美術家、ゲームアーティストのLawrence Lekの作品は、現代のアジアの急速な発展に対してディストピア的視点によってバーチャルリアリティーを用いて解釈し、ゲームとして体験できるようにされていて、とても面白く、興味深かったです。

Lawrence Lek

以上が各セクションの説明となります。時代や領域を横断しながら、「空間」に着目し、どのように我々は想像力をめぐらせて「空間」の認識を拡張してきたかを、芸術の領域から体験することができました。

日本にいた時には、バーチャル・リアリティーやメタバースなどが過熱的に注目され、結果的に「胡散臭さ」がともなう言葉として扱われてしまうのを実感していました。しかし、META.SPACEでは、メタバースやバーチャル・リアリティーを冷静に受け止め、歴史と科学、そして芸術のなかでどのように解釈できるのかを判断し、キュレーションをしていました。結果的に、それは過熱的な言葉でのメタバースではなく、我々の空間認識の延長線上にあるメタバースと捉えていました。
このような科学的でありながらも、それぞれの作品がもつ想像力を統合し、我々に新しい解釈と世界を拡張させてくれるのが美術館のキュレーションの力であり、芸術の力でもあると感じました。また、それを実現している要素の一つとして、VR HMDやゲームなどの先端技術を用いた作品をファインアートと同じ価値基準で評価している点や、これまで「芸術」としてフォーカスされにくかった「地図」や「隕石」などを作品として展示している点が、とても興味深かったです。バーチャル・リアリティーを表象する作品は、VR HMDやゲーム、または映像作品などデジタル・メディアを用いた表現にフォーカスをしてしまいますが、それ以外の可能性にまで視野を拡げたキュレーションだと理解しました。

META.SPACEで展示された彫刻作品

自分はMETA.SPACEでの鑑賞を踏まえて、修士研究の方向を指し示す言葉を思いつきました。それは「ART thinking METAVERSE」です。メタバースと芸術について考えると、メタバース空間上で何かを表現すること(例えば、ブラシを使って3Dペイントした作品や、空間そのものを芸術的に表現するなど)や、美術館やギャラリー、またはライブイベントの代替物としてのメタバースが一般的だったりします。それらの表現は「ART using METAVERSE」と呼ぶことができるかもしれません。これに対して、META.SPACEのようなVR HMDを用いた作品もあれば、映像や図像などを用いたり、メディア、素材、表現手法にとらわれず、「メタバースをテクノロジーとして捉え、それを可能にしている社会状況、構造、環境、そして人間とテクノロジーの関係と想像力を表象した表現」のことを「ART thinking METAVERSE」と定義して研究を始めようと考えました。

留学中に行ったプレゼンテーションの資料

現在、IAMASでは修士制作にむけて作品を制作しています。「ART thinking METAVERSE」とは何か? メタバース時代において人間はどのように変化するのか? 芸術にはどのような可能性があるのか? など、日々悩みながら探求と制作を続けています。
2023年の6月にはApple社から Apple Vision Proの発売が発表されるなど、XR技術の発展については、ますます注目されています。しかし、バーチャル・リアリティーやメタバースはまだまだ過渡期だと私は感じています。その過渡期の中で、我々は過去と未来に向けてどのような視座を与えることができるのでしょうか? 芸術こそが、それを可能にしてくれるのではないでしょうか。芸術によって生み出される新しい解釈と想像力。もしかしたら、それは実用的ではないかもしれません。しかし、芸術の本質はそこにあるのだと自分は考えます。加速的・合理的に進歩するテクノロジーに新しい解釈を生み出し、人間にとってテクノロジーとは何か? 倫理とは何か? そして、人間とは何か? そういったことを想起させる作品こそ、芸術となるのではないでしょうか。帰国後は、メタバースやバーチャル・リアリティーとその周辺の技術を用いながら、身体にフォーカスし、自分なりの新しい解釈を模索しています。
今回のリンツの留学は自分にとって大きな体験となりました。交換留学制度を利用することで、修士研究の目的が明確になり、修士制作の方向を見つけることができたのです。