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岐阜イノベーション工房2018レポート:演習プログラム篇

小林 茂(博士〔メディアデザイン学〕・産業文化研究センター 教授)


岐阜イノベーション工房とは、情報科学芸術大学院大学[IAMAS]で培われたイノベーション創出に有効な手法を参加者が学び、それぞれの組織において実践し、実践からの学びを共有することを通じて、イノベーション創出に挑戦する風土を岐阜県内に醸成することを目的とする取り組みです。
初回となる2018年度には、説明会を兼ねて2018年6月1日に開催したシンポジウムを経て、15名の定員に対して約2倍の応募から選ばれた6社20名が参加し、2019年3月の成果報告会に向けて進行中です。今回は、2018年8月末から11月頭にかけて実施した「演習プログラム」について報告します。

演習プログラムは、今後の社会を考える上で重要なテクノロジーの本質と、イノベーション創出に有効な手法を学ぶことを目的とした、各回6時間、合計10回のカリキュラムです。

  • 第1回:IoT(8月24日)
  • 第2回:機械学習(8月31日)
  • 第3回:デジタル設計(9月7日)
  • 第4回:デジタル製造(9月14日)
  • 第5回:フィールドワーク(9月21日)
  • 第6回:アイデアスケッチ(9月28日)
  • 第7回:ハードウェアスケッチ(10月5日)
  • 第8回:プロトタイピング(10月12日)
  • 第9回:バリデーション(10月26日)
  • 第10回:ドキュメンテーション(11月2日)

前半の4回では、実際に自分の手を動かして体験することを重視して進めました。まず、IoTツールキット「MESH」などを用いて、モノをインターネットのようにつなげる、あるいは、モノとインターネットをつなげるという、IoTの本質を学びました。次に、機械学習フレームワーク「TensorFlow.js」や「ml5.js」を用いて、データでプログラミングするという機械学習の本質を学びました。さらに、クラウドベースのCAD・CAM・CAE統合ツール「Fusion 360」を用いて、デジタル設計の本質とともに、それが製造業に与えつつある影響について学びました。続けて、前回学んだツールで設計したデータを3Dプリンタとレーザー加工機で出力し、デジタル設計とデジタル製造による柔軟なプロセスを学びました。以上により、IoT、機械学習、デジタル設計・製造という、今後の社会を考える上で重要なテクノロジーの本質を学びました。これらに続く後半の6回では、主催者側で設定した課題に取り組むことを通じて、イノベーション創出に有効な一連の手法を学びました。

まず、第5回では、価値創造につながるアイデアを創出するのに有効だとされる手法の一つ「フィールドワーク」を学びました。フィールドワークでは、実際に現場に赴き、観察やインタビューを通じて自分たちの製品やサービスの顧客となる人々のマインドを理解することで経験を拡大します。それにより、自分の好みを他者に投影してしまう、自分自身の過去の経験を未来に投影してしまう、仮説に一致するデータだけを探してしまう、といった認知バイアスを取り除くことにより、価値創造につながるアイデア創出につながるといわれています。今回の現場となったのは岐阜県本巣市の根尾地区(旧根尾村)です。この地域を選んだ理由は、人口減少や高齢化など今後の日本の可能性や課題を先取りして感じられる「タイムマシン」であること、国指定天然記念物「淡墨桜」など広く知られた観光資源以外にも様々な資源や資産があること、そして何より、多様なスキル、視点、経験を持つ若い人々による自発的な活動が行われていることです。参加者たちは、現地側の協力者と一緒に、耕作放棄地、害獣捕獲用の檻、空き家物件などを訪問し、五感で感じ、見聞きした事実と感じたことを共有しながら分析することで、この地域で活動する人々への共感と、この地域の可能性と課題についての理解を深めました。

第6回では、「根尾出身の企業トップから、この地域へのCSR活動として新規事業創出に挑戦する機会を与えられた」という設定を導入したうえで、「アイデアスケッチ」という手法を学びました。アイデアスケッチでは、グループのメンバー全員が頭の中に浮かんだアイデアを素速くスケッチとして描き、共有しながら発展させます。それにより、バイアスを排してフラットに議論できるようになり、価値創造につながるアイデアと同時に、何とかそれを実現したいという想いを持ったチームを醸成できます。参加者たちは、フィールドワークでの体験を基に自分たちが取り組む課題を設定し、その課題に対してどんな人のどんな状況があるのかを想定し、具体的に思い浮かべながら自分たちで設定した課題に対するアイデアをスケッチとして描き出していきました。その上で、実現可能性(現在の技術でつくれる/行える)、実行可能性(組織的/文化的な制約など様々な観点から見て成功しそう)、という2つの軸にマッピングしました。最後に、各自がよいと思ったアイデアに投票し、その理由を共有してお互いの視点を知ることでアイデアを発展させると共に、合意を形成していきました。

続く第7回では、ハードウェアスケッチとは、紙の上にアイデアをスケッチするのと同様に、人々が実際に見て、 触れて、感じられるよう、身近な素材や部品、ツールを用いて短時間でスケッチする手法「ハードウェアスケッチ」を学びました。まず、ダンボール、コピー用紙、ペンなど身近な素材や部品、既存の製品や空間、IoT演習で学んだツールキットなどを活用し、制限時間内にアイデアスケッチで描いたタッチポイント(製品やサービスと人の接点)を、人々が実際に見たり、 触れたり、感じたりできるハードウェアスケッチとしてつくります。次に、つくったハードウェアスケッチを用いて、お互いがそのアイデアに関係する登場人物を演じ、当初想定していたような価値がお互いの気持の中に生まれるかどうかを確認します。この時点で、もし生まれなければ破棄してやり直すことを繰り返します。こうすることにより、低コストでアイデアを取捨選択しながら発展させることができるのです。今回は、1時間でつくり、30分で確認するというセッションを2回繰り返し、フィールドワークの現地コーディネーターからのフィードバックも踏まえて、次の段階に進めるための議論を深めました。これら2つの手法は、芸術、デザイン、工学、社会学など、多様な分野出身の教員と学生が協働する、IAMASにおける研究活動の中で培われたものです。

第8回と第9回の「プロトタイピング」と「バリデーション」は対になる演習です。バリデーション(validation)とは、つくったものが顧客の現場において価値を生み出すかどうかを確認する作業です。検証(verification)と混同されがちですが、検証が「自分たちは製品を適切につくっているだろうか?」を確認する作業であるのに対して、バリデーションは「自分たちは適切な製品をつくっているかだろうか?」を確認する作業です。この2つは一見似ているようでいて全く異なります。例えば、前提となる要件定義が間違っていた場合でも、検証は問題なく通過してしまいます。しかしながら、その結果として生まれた製品やサービスが顧客の現場において価値を感じてもらえなければ市場には受け入れられず、そこまでにかけた投資が全て無駄になります。バリデーションでは、自分たちが想定する顧客を招き、プロトタイプを体験してもらって反応を得ることにより、自分たちのつくろうとしている製品やサービスが、本当に顧客の現場において価値を感じてもらえるかどうかを確認するのです。
プロトタイピングとは、バリデーションにおいて参加者から本物の反応を得るため、重要と思われるタッチポイントを選び、必要十分な精度で、かつ最小のコストで構築する作業です。ここで、必要十分な精度のプロトタイプを最小のコストで実現するための手法が重要なノウハウとなります。例えば、顧客とのタッチポイントがタブレットアプリである場合、実際にアプリケーションを開発すると数ヶ月かかります。しかしながら、プレゼンテーションツールを用いてスライド上に画像、テキスト、ボタンなどを配置し、タブレットで再生すれば、あたかも本当のアプリであるかのように体験できるプロトタイプをわずか数時間で構築できます。今回は、タブレットアプリ、ウェブサイト、パンフレットなど、様々なタッチポイントを選んでプロトタイプを構築し、プロトタイプを体験してもらった様子を観察しつつインタビューし、本当に顧客の現場において価値を感じてもらえそうかどうか、見落としている前提条件がないかどうかなどを確認していきました。
イノベーションを創出しようとする場合、既存の延長線上にないために過去のデータから推測することができません。このため、一般的にはリスクが大きいとされ、このことがイノベーション創出に向けて意志決定する際の大きなハードルになります。プロトタイピングとバリデーションを組み合わせて早い段階で確認することにより、企業側の思い込みだけで取り組むのと比較して大幅にリスクを低くできるのです。

こうした手法を学ぶ機会はほとんどないため、当初は、こうした手法に馴染みのなかった参加者たちには戸惑いも見られました。しかしながら、実際に自分の頭と手を使って体験し、真摯に取り組んだことにより、腹落ちするところまで理解を深めることができ、各企業における実際のプロジェクトに活用できる経験となりました。
現在進行中の実習プログラムでは、参加者たちは実際の課題を自分たちで設定し、演習プログラムでの経験を活かし、それぞれの組織でイノベーション創出に取り組んでいます。イノベーション推進を掲げたプログラムは全国的に盛んですが、ここまでを一気通貫で扱う取り組みは殆ど例がないことから、この取り組みは全国的にも注目を集めています。例えば、国土交通省が2018年12月18日に開催した審議会「稼げる国土専門委員会」の第11回で配付された資料において、各地域の重層的な対流を促進する事例の一つとして報告されました。
2019年3月5日に岐阜県大垣市で開催予定の成果報告会では、約3ヶ月間の取り組みの成果を報告します。内容は、各企業におけるイノベーション創出に関する体制、公開しても差し支えない範囲でのプロトタイプ、実際に進める中で直面した課題の共有などを予定しています。詳細は後日発表しますので、この記事を読んで興味を持っていただけた方は、ぜひ日程を確保しておいてください。

 

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