学生インタビュー:甲斐知彦さん(IAMAS社会人短期在学コース)
メディア表現学が網羅する領域は、芸術、デザイン、哲学、理工学、社会学など多岐にわたります。各自の専門領域の知識を生かしながら他分野への横断的な探究を進めるうえで、学生たちが選ぶ方法はさまざまです。入学前の活動や IAMAS に進学を決意した動機をはじめ、入学後、どのような関心を持ってプロジェクトでの協働に取り組み、学内外での活動をどのように展開し、研究を深めていったのかを本学の学生が語ります。
野外教育と芸術の交差点に未来のキャンプを構想する
- 大学教員としての職務を務めながら、本学の社会人短期在学コースに入学された経緯について聞かせてください。
本務校(関西学院大学)のサバティカル制度を利用して、1年間の社会人短期在学コースを履修することにしました。と言いましても、実際にこの制度を利用する教員のほとんどは、海外での研修や自身の研究をまとめるための時間として利用することが多いので、私の場合は異例です(笑)。
学生として享受できる環境や関係性を最大限に利用しながら、情報端末の導入による新たな野外教育手法の開発に取り組むため、あえて入学を考えました。前年に平林先生と相談して、客員研究員としてIAMASに滞在しながら本務校との調整を重ね、社会人短期在学コースを受験することにしました。
- 野外教育がご専門ですが、どのような領域横断に関心を持たれたのでしょうか?
IAMASを選んだ理由のひとつに、芸術への興味があります。学生時代に師事していた北田韶彦先生(数理物理学)の「自然は芸術を模倣する。だから、自然は数学を模倣する。」という言葉がずっと頭にあって、芸術とは何なのかを理解したいと考えていました。自然と数学に触れる機会はあったのですが、芸術に触れたことがなかったので、IAMASに興味を持ちました。
後に、オスカー・ワイルドが「自然が私たちに示すものは、私たちが芸術を通してすでに見た美しさで、これが自然の魅力であり自然の弱さでもある」と言っているのを知り、これが先生の言葉の意味ではないかと気づきました。私は自然に意味があるものとして青少年を自然へ連れて行くのですが、そう考えた時に、果たして彼らにとって意味あるものとして見えているのか疑問に思いました。つまり、芸術や数学にあたるものを彼らに示す必要があると思いますし、その意味でのテクノロジーの活用は大いに進めるべきだと考えています。
- プロジェクトでの関心と、個人研究との関わりは?
修士研究では、タブレットを使って、ヴァーチャルなキャラクターが問いかける課題に取り組む場を提供することで、自然の見え方を示すひとつの方法を提案しました。体験拡張表現プロジェクトでは、技術としてARが扱われていましたし、体験拡張というキーワードは、まさに自分が自然の中でやろうとしていることにつながると考えました。学位は既に持っているのでそれ自体が目的ではありませんが、知的欲求を満たしたいということと、やはり授業も含めて実際の研究の場に飛び込んでみなければわからないことがありましたので、プロジェクトは個人の研究に大いに関わっています。また、実用的な面では、野外教育の分野ではメディア技術を活用した先行研究はまだあまりないこともあり、メディア表現の修士号を持つことで、自分の活動を対外的に説明する上でわかりやすくなるということもあります。
- 先の北田先生の言葉から、美は見る者によって発見されるということ、さらには複数の美の基準が存在するという示唆を読み取ることができそうですね。その関心は今後の展望とどのように関わっているのでしょうか?
おっしゃるように、キャンプも10人作り手がいたら10通りの作り方が存在するので、それぞれがよしとする美的感覚があると思います。今回の研究はひとつの事例であり、他にも複数の研究に取り組んでいます。例えば、LINEでグループを作って野外体験の振り返りのためにテキストを打ち込んでもらう取り組みもしていますが、そうすると同じ1日の体験でも人それぞれで、それを共有することで様々なものの見方に気づくことができると思っています。また、ファシリテーターがその言葉の中から気になる言葉を拾って、学びを深めていくのですが、熟練者のそのアルゴリズムをAIで模写して初心者ファシリテーターに伝えたら、彼らにとってどのような学びにつながるのかも考えています。今後ですが、メディアを通すことで、自然のもつ価値の見え方が変わるような経験を提供できるようなキャンプを作りたいですし、テクノロジーに限らず、芸術作品を鑑賞したり、体験できるようなキャンプも作ってみたいです。また、質の高いキャンプの事例を集めたキャンプ展覧会の企画など、キュレーションにも興味を持っています。
インタビュー収録:2022年2月4日
聞き手:伊村靖子
※『IAMAS Interviews 02』の学生インタビュー2021に掲載された内容を転載しています。