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教員インタビュー:ホアン・マヌエル・カストロ准教授

バイオメディアとウェットウェアの探究

- バイオ・アートの中でも、特に研究対象の「プロトセル」について教えてください。

プロトセルは、原始的な細胞に近い、化学モデルです。分裂、生殖、運動といった細胞の特性を持つ、生命らしい性質を備えた物質システムですが、100パーセント生きているとは言えません。たんぱく質を使うモデル、脂質とDNAだけのシンプルなモデルなど、様々なモデルがあります。どのように物質から生命が生まれ、細胞ができたのか。科学者やアーティストの関心は、プロトセルという生命らしいシステムを使って、ウェットな人工生命や生命と非生命の境、生命の起源を解明することにあります。
私は2010年から、微生物と生化学のラボをアトリエとして、作品をつくっています。使うメディアは、細胞、DNA、脂質、たんぱく質、油滴、化学薬品などです。こうしたバイオメディアとソフトマテリアルを使って、合成生物学と化学、ナノテクノロジーの分野にまたがって、生命の定義や非人間的なエージェンシー、地球外生命を背景として、作品制作を行なっています。新たな芸術的な表現の手段の可能性をもつバイオメディアとウェットウェア※1を模索しています。

例として、私の作品《Matter does Matter》(2019)を紹介します。


《Matter does Matter》 2019年 カストロ・ホアン

容器に落ちる一滴の油滴が運動し、どんどん分裂していきます。1時間に1回など、分裂の回数もコントロールすることができます。これらの油滴は増殖の原始的な構造を持ち、分裂することで、自分の子孫を生み出します。非生物は、細胞のように生殖したり増殖したりすることができるのでしょうか? この作品にみるように油滴の変形と、分裂の連続的なサイクルは、見る者を興奮させ、不安にさせます。油滴の奇妙なエージェンシー(行為主体性)は、生きていないが、生き生きとして、うごめき、意思があるような気配までも感じさせます。私はこの作品で、生命のコピー、分裂、生殖の概念について探究しています。生命と非生命の境はどこにあるのかということも、問いかけています。

- 分裂を繰り返して変化していく動態的なプロセスを見せるこうした作品には、「終わり」「完成」といった概念はあるのでしょうか?

このシステムは、マテリアルのパフォーマンスとして考えています。人間以外の物質も何らかの行為を行なう能力を持ち、影響を及ぼす主体であると考える「非人間的エージェンシー」※2の概念も、私にとって非常に大切です。「エージェンシー(行為主体性)」は日本語に訳すのが難しい言葉ですが。

 

人間中心的な思考を超えるために

- プロトセルのように生命の定義や物質と生命の境界を問う研究、「エージェンシー」という概念は、「人間中心的な思考をどう変えていけるか」という問いを投げかけ、倫理的な問題も発生します。こうしたことについて、どう考えていますか?

私たちは、物質をニュートラルで受動的なものとして捉えがちです。しかし、物質は能動的で、環境に柔軟に反応して変化することができます。物質は、自ら形状を生み出し、創造的に自己組織する力を持っています。
けれども、歴史的に見れば、人間は、実用性の観点から、物質との間に支配的な上下関係を設定してきました。物質を受動的なものと考え、一方的にかたちを押し付け、自然にかたちが生じるようにはさせません。こうした制御の思想に基づき、産業革命、大量生産の時代になった結果、環境への悪影響が生み出されました。例えば、生態系の破壊、資源の枯渇、リサイクルできない消費物、マイクロレベルの汚染物質、宇宙ゴミなどです。そうした環境問題を解決するため、エコグッズ、リサイクル可能な商品、AIを用いた家電などの製品が、持続可能な社会をつくる道具として期待されています。しかしそれらは、私たちの物質に対する考え方という根本的な問題には触れません。
一方、私は新たに「物質的倫理の概念」という考え方を提案し、非人間的エージェンシーとして、物質の持つ能動的な力を認めています。この考え方によって、物質との水平的な関係をつくり、「物質は受動的なもの」という固定観念を乗り越えることができます。人類もまた、プラスチック、電気、金属、石、ガスなどの持つ力とともに、より幅広く統一的な広がりをもつ環境の中に位置付けられます。

 

微生物と人間のコミュニケーション

- バイオ・アートの分野に関心をもつようになったきっかけは?元々は、科学者、アーティストのどちらを目指していたのでしょうか?

もちろん、アーティストです。多摩美術大学の博士課程の時に、微生物学のラボで制作を始めました。大学院を出た後は、早稲田大学先端生命医科学研究施設のラボで働きながら、メディア・アートと微生物学にまたがる制作活動を始めました。バイオメディア、つまり細胞を使った、インタラクティブなインスタレーション作品です。
《HELIOTROPIKA》(2011)という作品では、光合成を行なうシアノバクテリアを用いて、微生物、人間、光エネルギーの相互作用に焦点を当てました。シアノバクテリアに興味を持った理由は、約28億年前、この微生物が光合成を行なって酸素を生み出したために、地球環境もその後の生命のあり方も大きく変わったからです。生命は太陽光をエネルギー源にするようになり、より複雑化していきました。
シアノバクテリアの現生ストロマトライトと化石ストロマトライトは、今もオーストラリアで見ることができます。私も、2014年に実際に目にする機会に恵まれました。

西オーストラリア、ピルバラ地域のストロマトライト、33〜35億年前のもの。シアノバクテリアの調査でピルバラを訪れた際に、西オーストラリア大学地質部門よりいただいた。

《HELIOTROPIKA》では、人間とシアノバクテリアを光によって仲介するインターフェースをつくり、光と生命の関係性、異種の生命体どうしのコミュニケーションについて探求しました。

《HELIOTROPIKA》 2011年 カストロ・ホアン
展示風景

《HELIOTROPIKA》 2011年 カストロ・ホアン
シアノバクテリア(Pseudanabaena sp.ILC545)は走光性(光に向かう性質)を持っている。この作品では、シアノバクテリアの走光性をコンピュータビジョンでリアルタイムに解析。

シアノバクテリアにとって、光は食べ物のようなものなので、光に向かって動く性質があります。その運動をコンピュータビジョンでリアルタイムに解析し、有機的な構造として視覚化しました。同時に、センサーを用いて鑑賞者の神経系の活動を解析し、興奮状態なら赤、冷静なら青というように光に変換します。その光が今度はシアノバクテリアの活動に影響を与える、フィードバックシステムをつくりました。

4年間、生きている細胞を扱う制作をしていましたが、その後に分子を使った、ナノやマイクロスケールによる制作へと研究と関心が発展していきました。ヨーロッパのいくつかの生化学のラボや、東京大学大学院総合文化研究科のラボで働く機会を得て、実験現場に携わりました。この時、 遺伝子物質、脂質、膜、プロトセルなどについて学びました。

 

アートを通して、技術を文化へ変容させる

- なぜ、科学研究ではなく、「アート」として行なっているのでしょうか?

科学者と議論したり、研究論文を読むことはもちろん大切ですが、私のアウトプットはあくまでもアートです。メディア・アートは、新しい技術の可能性だけでなく、その限界や影響、倫理的問題も探求して、技術を文化へ変容させることができるからです。私は、バイオメディアとウェットウェアを使った作品をつくることで、生命や倫理について、批評的な視線で社会とともにディスカッションし、課題をシェアすることができると考えています。
今、生命の概念の再定義が起こっています。バイオテクノロジー及び宇宙生物学は、私たちが生命を理解する仕方や、生命が未来にどうなるのかを変えてしまうでしょう。これは、とてもセンシティブで複雑な問題なので、科学者やエンジニアだけに議論を任せることはできません。アーティストだけでなく、デザイナー、哲学者、建築家など、みんなで考えるべき問題なのです。

 

新しい技術を使って、新しい価値観の社会を

- IAMASでは、どのような授業をしていますか?学生たちの反応はどうですか?

バイオ・アートの定義や歴史、様々なアーティストの作品について紹介しています。バイオメディアの素材研究や制作方法の基本も教えます。今年度の授業では、マテリアル・エージェンシーや、宇宙と生命とアートの相互関係性をテーマにする予定です。ヨーロッパやオーストラリアに比べて、日本ではバイオ・アートのラボや大学の学科は少ないですが、授業でバイオ・アートの歴史やバイオマテリアルの可能性に触れて、興味を持つようになった学生もいます。また、ハードウェアとソフトウェアだけでなく、ウェットウェアもあるというように、メディアに対する考え方も広がったと思います。

- IAMASに入学を考えている学生には、どういうモチベーションを持って来てもらいたいですか?

これからの時代の美と生命は何なのか?という問いに興味がある学生に来てほしいです。近い未来、バイオ・アートや生命らしい技術を用いた作品は、環境の変化に反応したり、変化に適応して成長したり、自己修復するなど、様々な表現が可能になると思います。同時に、非人間的エージェンシーという考え方を通して、人間中心主義を再考し、人間が環境に及ぼす影響をミクロとマクロの両方のスケールで考えてほしい。新しい技術を使って、新しい価値観の社会をつくる表現者に来てほしいです。

ホアン・マヌエル・カストロ / 准教授

化学、合成生物学、ナノテクノロジー、宇宙生物学などの分野を交差させて、制作活動を展開。生命らしい特性を備えた物質システムを開発し、生命の起源と未来をテーマにハイブリッド・インスタレーション作品を発表。2008年より日本国内外の美術館や、アート & サイエンス・フェスティバルで作品発表、また様々な学会で活動中。


※1 ウェットウェア 
「ウェットウェア」という用語はオックスフォード英語辞典によると、生物物理学者である和田昭允(1929-)によって生まれました 。「ウェット」とは、生物が水分を含んでいることに由来します。和田は学術雑誌「Nature」に1975年、初めて化学的なオートマトンの化学反応系を説明するのに、「ウェットウェア」という言葉を使いました。1980年代に、「ウェットウェア」は、いくつかのSF小説でも遺伝物質と生化学反応として理解され、一般的に普及していきました (Rucker, 1985)。1990年以降の数十年間で、ウェットウェアは大衆文化における人間の脳と神経系の代名詞となりました。現在、合成生物学や人工生命の分野では、「ウェットウェア」は物理化学・生化学的なメディアや反応、システムを意味します。

※2 非人間的エージェンシー 
非人間的エージェンシーとは、人間の意志の阻害や妨害だけでなく、それ自体の軌道や性質、傾向を持ったエージェントであり、その活動する物の能力を意味します。

 

インタビュアー・編集:高嶋慈
撮影:八嶋有司