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レポート

産学官連携・地域連携レポート

「場をつくる」から「芸術の受け手が育つ場」へ
山口美智留(GALLEY CAPTION/ ETHICAディレクター)

インタビュー:2021年9月9日(木)
聞き手:伊村靖子

2020年の春以後、世界的な新型コロナウイルス感染拡大により、芸術文化との関わりが変化し始めています。作品と出会い、空間を共有することで生まれる芸術体験が制限される中、「アートとの出会い方」や「生活の中にある芸術体験」を見直すきっかけとなるのではないでしょうか。
 本インタビューでは、岐阜市に拠点を構えるGALLERY CAPTIONのディレクター、山口美智留さんにお話いただきます。2021年4月に開設されたスペース「ETHICA」では、通常の画廊の役割を越えて、作品を通じた対話の場が生まれつつあります。展覧会を通して「その場でしか経験できない作品との出会い」をつくり出してきた山口さんと、過去20年間のアートシーンの変化を交えながら、芸術の「受け手」の可能性を探ります。


GALLERY CAPTIONとの関わり

- GALLEY CAPTIONは、1985年に現代美術専門の画廊として、岐阜市若宮町にオープンしたとのことですが、山口さんの関わりについて聞かせてください。

私は1998年から勤めていまして、最初はアルバイトという形で入りました。前任者の常勤スタッフが結婚を機にやめて2〜3年常勤スタッフがいない状態で、ほぼ休廊状態だったところに、私がスタッフとして入りました。
ギャラリーは普通、オーナーがディレクターも兼ねていて、作家の選定や企画を仕切っていることが多いのですが、CAPTIONの場合はオーナーが別の仕事を持っていまして、歴代のスタッフにギャラリーの企画を任せているんですね。私が入った時期というのは、長い間、岐阜で現代美術のギャラリーを続けてきたものの、なんとなく手応えが感じられないという時期で、保守的な土地柄もあって、新しいものへの理解がなかなか思うように進まないという実感がオーナーにもあり、ギャラリーを今後どうするか、迷っていた時期だったようです。でも、「場所」はあると。
最初は資料整理などをしていましたが、オーナーから「やる気があるんだったら何か企画を考えてもいいよ」と話がありまして。私も入ってまだ半年くらいで、そんなことを言われると思っていなかったのでびっくりしましたが、若かったのと、知らないということは怖さでもあり強みでもあって、興味のある作家に声をかけて企画を始めたのが最初でした。

- 当時、現代美術の画廊自体が岐阜では珍しかったと思いますが、CAPTIONのことはご存知だったのですか。

失礼ながら、全然知らなくて(笑)。大学は東京に4年ばかり行っていましたし、地元のアートシーンについて全くわかっていないまま入ってきたという感じだったので、ご縁があってという感じです。

- ということは、現代美術の画廊でしたが、その後のCAPTIONでの展覧会の傾向とは違っていたということでしょうか。

そうですね。ただ、GALLERY CAPTIONのオープンは1985年ですが、前身のギャラリーがありまして、79年に「ギャラリーABC(絵美詩・えみし)」という名前で別の場所でオープンしているんですね。オーナーはもともと美術畑の人間ではなかったんですけれども、地元の作家の方と交流する機会があって。当時はまだ岐阜県美術館も開館してない時期だったので、「岐阜には美術の発表する場もなければ作品を見る場もない」という話を聞いて。「ないんだったら作ればいいんじゃないか」ということで、平野(オーナー)と地元の作家さんが共同運営のような形で立ち上げたスペースが、最初の成り立ちです。最初から「同時代の表現を扱う」という点は共通していると思います。

「藤本由紀夫展 “audio/ visual”」(2000)展示風景

- 1998年に入社されて、その年に漆作家の「笹井史恵展」(1998)、次の年からは「大岩オスカール展 “Sunrise”」(1999)、「藤本由紀夫展 “audio/ visual”」(2000)などを企画されています。東京造形大学卒業後、すぐに現代美術の企画の機会に恵まれたということも、珍しいことですよね。

笹井さんの作品とは学生時代に銀座のギャラリーで出会い、ご本人にもお会いしてお話させていただき、印象に残っていた作家だったので、最初の企画をお願いしました。同世代ということもあり、心強かったです。

 

「展覧会」のキュレーションについて

- GALLERY CAPTION は2003年に現在の玉姓町に移転したと聞いていますが、それ以前の若宮町はどんなスペースだったのでしょうか?

柳ヶ瀬という商店街のブロックがあって、それよりもひとつ北のブロックにある雑居ビルの2階でした。どちらかというと夜の街という印象のある地域でしょうかね。現在の玉姓町もそうですが、あまり人が寄りつく場所ではないので、どのような場所か知っている方がいらっしゃるケースが多いです。表に出て行きたいという気持ちはありますが、作りたいと思う空間は、通りから一本中に入った物件にあったりするので、おのずと表通りから離れた場所になるということはあると思います。

- 90年代後半から2000年代頃までは、東京、東海地方、関西それぞれのギャラリーマップが紙媒体として作られていたりして、展覧会の情報流通の手段になっていました。最近では、SNSが中心になってきていますが。

以前は、情報誌『ぴあ』もありましたしね。CAPTIONの地図も載せていただいていて、それを見てギャラリーを廻っていらっしゃるという方がいました。今でも、DM(案内葉書)やチラシの力は衰えていなくて、根強い印象はあります。主に名古屋や岐阜市内のギャラリーや雑貨屋さんなどに置かせていただいて、初めての方がいらっしゃる入口にもなっている気がします。あとは、DMだけ大事に持っているという方もいらっしゃるみたいですね。デザインや作品写真を気に入ってくださっているのは嬉しいことですし、展覧会は案内状からはじまっているという意識で作っているので、見に来てくださらなくても、展覧会の入口に立っているという関わり方もあるのだと思っています。

- 2003年の移転後、「この場所でしか見られない展示」を目指すようになったと聞きましたが、どのような転機があったのでしょうか。

移転して、空間が変わったということもありますが、ギャラリーの体質として、GALLERY CAPTIONが「場をつくる」というところから始まったという背景があります。作家を育ててコレクターを作って作品を市場で循環させていくというのが、一般的なギャラリーの役割だと思うのですが、「作品を動かす」というよりもひとつの「場」としてどんな体験をみなさんに提供できるのかに重きを置いていまして。オーナーについても、よく「コレクターさんですか?」って聞かれるんですけれども、もともと、と言いますか、今も全くそうではなくて。むしろ、「ものが残らない方がおもしろい」という考え方の人間で(笑)。「作品ももちろん大事だけど、人がおもしろい」と言っているような人なので。人がいて場ができて、ある時間が生まれることを大事にしているのだと思います。そういう背景があって、2003年に現在の場所に移転したのですが、戦後すぐくらいに建った古いラムネ工場だった場所で、北向きに窓が開かれていて、自然光がきれいに入って、天井高がある空間です。ニュートラルな空間でもありますが、自然光が入ることで光りの変化があり、時間帯によって作品の見え方が変わります。場所から考えられる要素がすごく多いので、場所に寄り添うような展開ができるというおもしろさもありますし、岐阜という地方にわざわざ足を運んでもらう意義とは何かを考えて、「この場所でしか観られない展示」を目指すようになりました。

木藤純子「Vostok」(2008)展示風景 【写真:小寺克彦】

- 「場」をつくるという面では、CAPTIONの移転後、ETHICA以前にもスペースを立ち上げてきた経験があると思いますが、年代、目的について聞かせてください。

2014年から2017年にかけて、frontというスペースを運営していました。もともとは、COCONというカフェだった場所で、ギャラリーから歩いて5分くらいのところにあったので、「よりみち・プロジェクト-いつものドアをあける」(2009)の時に会場に使わせていただきましたし、作家さんの中にもここでのランチやお茶の時間を楽しみにしていらっしゃる方がいました。COCONさんがカフェをやめられる時に、声をかけていただいて(他の方から声をかけられるということが多いんです)。CAPTIONは古い築60〜70年の建物で、2階ですし、初めての方がふらっと入ってくる場所ではないのですが、COCONさんの場所は通りに面していてガラス張りで、CAPTIONに比べたら路面で人が入りやすい場所なので、セカンド・スペースとして往来に面した場所にスペースを持つのはおもしろそうだと思いました。ギャラリーの入口がもうひとつ別の場所にあるというイメージで、frontという名前にしました。カフェを併設したのは、CAPTIONの作家は、時間をかけて見ないと見えてこないような作品が多いので、作品とゆったり過ごせる場所をつくりたかったからです。座って観ることで、空間の感じ方や作品の見え方も変わると思いますし、そういう自然な状況がカフェを作ることで生まれるのではないかということで、実験的に始めました。
「Found: 」という企画は、いろんな方にお声がけして、ご自身が大事にしているものや、自分に影響を与えたものや本を見せてくださいという企画でした。アーティスト、デザイナー、建築家、造園家、美学研究者、編集者、料理家、美容家、詩人など、様々な立場の方に依頼した結果、多様なジャンルの本や、石や木の実など自然のなかのもの、子どものころから大事にしているものなどが集まりました。同時にそれぞれにコメントをお願いして、ものと言葉を一緒に閲覧できるようにしました。その人がそこに何を「Found/ 見出した」かに着目し、持ち主の意識をそこからたどってみようという企画です。面白かったのは、見に来られた方のなかに「私もやりたい」という方々や、「自分だったら何を出すか考えながら見ました」という方がいたことです。ものを通じて、自分と出会い直してみたいという思いが湧いたのだと思います。

「『Found: 』 side:B 」(2016)展示風景 (front)

- 作品を展示するだけではなかったんですね。

そうですね。あるコレクターの方にお願いして、その方の美術関係のカタログなどの蔵書をずらっと並べていただいて、自由に閲覧できるという企画もやったことがあります。

- 振り返ると、日本初のデザイン・ミュージアムとして21_21 DESIGN SIGHTが開館したのが2006年ですが、いわゆる作品を集めてきて展示するというタイプの展覧会だけでなく、ディレクターがテーマを設定し、出展者がそれに応答する形で新作を提案し、展覧会をつくっていくという傾向が注目を集めたように思います。その後、2010年過ぎにはSNSの普及を背景に「キュレーション」という言葉が流行する流れもありました。時代の変化とも対応したところがあったのでしょうか。

話がそれるかもしれませんが、美術というのは作品がなければ考えられないものではないと思うのですね。美術そのものが世界や生きることにつながっていると考えると、何も作品の展示だけにこだわる必要もないという気がします。何か物事を考えるためにいろいろな角度から美術を眺めてみたいという考えもあり、そういう意味でも作家だけに展示をお願いする企画でなくても良いのではないかという考えは、当時からあった気がしますね。

- 作品がなくても美術は成立するのではないかという考え方は、芸術の受け手を問題にしているとも言えますが、山口さんはなぜそのような考えをもつようになったのでしょうか。

CAPTIONでも度々個展をしていただいている河田政樹さんという作家がいまして、作品を通じて美術とそうでないものの境界線を探ることを試みている方です。河田さんの考え方に共感しているというところがあります。美術というのは、結局は作品と人の間に起こることであって、作品だけあっても成立しないですし、作品と人の関係性やコミュニケーションの中に美術らしきものが生まれると思うのです。そう考えると、結局は受け手の問題をどう捉えるかというところに美術があるのではないかと思います。

 

芸術の受け手を育てる

- 2009年には、岐阜駅周辺から玉宮町界隈に点在する店舗、神社、公共施設など、ギャラリー以外の場所での美術のあり方、出会い方を模索する「よりみち・プロジェクト-いつものドアをあける」を手がけていらっしゃいますね。

「第1回大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2000」が始まって、2000年代に入り、アート・プロジェクトが盛んになった印象がありますが、私自身も2003年に妻有へ観に行って、場所を活かした展示や、自然や風景、その土地の人を巻き込んだ展開がおもしろいと感じて、自分自身でもやってみたいと思いました。ギャラリーの裾野を広げていくのに、ただ観に来てくださいと待っているよりは、自分から出て行くことも考えていいのではないかと考えて。でも、最初から大きな規模で開催するのは経験もないですし、協力を得るのが難しいと思ったので、日頃から親しくしていて、向こうからもCAPTIONに来てくださるような方々にお声をおかけして、CAPTIONから歩くのに不自由でない場所を想定して、カフェのCOCONと雑貨屋さんのpand、八幡神社ですね(八幡神社は彫刻家の三輪乙彦先生とそのご親族が管理されている神社)。それから、公共のスペースの岐阜市文化センターにあるウィンドウ・ギャラリーとロビーも市の方にお願いして借りて展示をさせていただきました。それとCAPTIONを入れて5箇所で開催しました。
最初、街を使って展開することを考えて、何ができるかを探っていた時に、pandで「出張展示」というのをされていたんですね。お店の中によその雑貨屋さんがやってきてその一角で展示をするという。ギャラリーでは、よそのギャラリーを呼んで一角で展示してもらうことはまずないと思うので、そういう考え方があるんだと、おもしろいなと思いました。そこから、CAPTIONとpandが入れ替わったらおもしろいのではないかという発想が湧いてきました。pandの商品に紛れてCAPTIONの作家の作品が置いてある、pandにはCAPTIONに商品を並べてもらって、できたら販売をしてもらうというようなことですが、場所が入れ替わることで、置いてあるものが違って見えたり、人の反応が違ったりするのかという単純な興味もあって、持ちかけました。
CAPTIONでは、pandの方の手で、雑貨と一緒に河田政樹さんの作品を並べてもらいました。pandの方が河田さんの作品をどう捉えているかということが展示のしかたに現れると思うので、そういうところを見てみたいと考えて、河田さんと提案させてもらいました。




「よりみち・プロジェクト-いつものドアをあける」(2009)展示風景(GALLEY CAPTION(1, 2枚目)【写真:小寺克彦】/岐阜市文化センター(3枚目)【写真:小寺克彦】/COCON(4枚目)【写真:河田政樹】)

- アート・プロジェクトの多くはアート・ツーリズムとも結びついていたように思います。つまり、普段はそこに住んでいない人たちが外からある地域にやってきて、その場所の特性を含めて体験していくことに重点が置かれていたと思うのですが、この企画はそうではなく、どちらかというと日常を再発見するという側面が強いですね。その点、何か意識されていたことはあったのでしょうか。

CAPTIONは県外からのお客さんも多いので、岐阜へ来てCAPTIONだけ観て、名古屋やまわりのギャラリーを観て行かれる方も多いのですが、もう少し岐阜の街を歩いていただきたいということがあって。人の行き来が生まれる状態、店舗同士の相互関係、相乗効果も考えていました。展示を考えていくなかで、偶然の出会いのようなものを創出したいというのもありましたし、思いがけず作品と出会うことを期待していました。アート・プロジェクトを理由に観に来てくださる方もいますが、pandやカフェにいらっしゃるお客さんのようにそれを目指していらっしゃらない方が、思いがけず美術に出会う状況を生み出したいというのがありました。

- 八幡神社ではどこに作品があるのかわからなかったという指摘があったと聞きました。先ほどの「作品がなくても成立する」という話は、観る人が考えるということでもあって、そのようなことを意識されていたのかなと思います。

たとえば、pandでは、お客さんは雑貨を見に来ているのに作品が置いてあったりして、あるはずのないものがそこにあったりするわけですね。逆に神社では作品を観に行っているのに、何もないというように。枠組をずらすようなことは当時から考えていたと思います。


「よりみち・プロジェクト-いつものドアをあける」(2009)展示風景(八幡神社)【写真:小寺克彦】

- 見方を変えると、作品も雑貨も商品になりうるとも言えますが、それぞれどのように受け取られたのでしょうか? 雑貨屋さんにあることで作品との距離はどう変わるのでしょうか。

人によってはっきり反応が分かれました。美術にある程度慣れている方は状況を楽しんでくださったのですが、雑貨やカフェなど美術を目的としていないお客さんには、なかなか受け入れられなかったようです。もう少し人の行き来みたいなものが起きるかと思ったのですが、pandのお客さんがCAPTIONにも行ってみますという状況はなかなか生まれにくかったですね。全くなかったとは言えないのですが、思ったよりは起きなかったという感じがあって。やっぱり雑貨屋さんに来るようなお客さんは、雑貨が見たいので、作品は見たくないわけですよ(笑)。自分が求めてないものが置いてあるということに敏感に反応されていることがわかりました。
実はpandの展示は、藤本由紀夫さんが担当されました。最初は私がpandに行ってお借りした作家さんたちの作品を並べるつもりだったのですが、藤本さんが「おもしろそうだから僕が展示してもいいですか」とおっしゃってくださって。私はその時、まったく気づいてなかったのですが、藤本さんの展示のしかたは、場に溶け込ませたり作品との調和を考えるのではなくて、かなりpandの場にノイズを走らせるような作品の置き方をしていたようなんですね。お客さんにとってそれは敏感に感じられたようです。私にとっては、作品と雑貨の差というのは、もちろん作品のことを知っているので、それほど違和感があるような置き方には見えなかったんですけれども、雑貨を求めて来ていらっしゃる方には、何か自分には必要のないものが置いてあるという感じ方だったようなんですよね。それも藤本さんからの問題提起のひとつだったと思って、後になって藤本さん怖いなって思ったんですけど(笑)。


「よりみち・プロジェクト-いつものドアをあける」(2009)展示風景(pand)【写真:小寺克彦】

- 藤本さんのメッセージが十分に伝わったってことですよね(笑)。藤本さんの問題提起には、あえて「毒を盛る」という側面もあると思うのですが、それは日常にはない「毒」ですよね。pandにしてもCAPTIONにしても、訪れる人の関心がなければ、それがノイズであることにすら気づかないと思うのですが、ノイズであると受け取る層の人たちがその空間に「出会っている」こと自体に、意味があるのだと思います。藤本さんの意図が「毒」として伝わったのは、受け手自身が感じ取ったことで、それが「正確に」伝わったことがおもしろいと思いました。ものの置き方から人は何かを受け取っているってことですよね。

人間は、ものそのものを見ているつもりでいても、もっと違う部分というか、身体で、五感で場の空気みたいなものを感じ取っているというか。別の言い方をすると、隣り合うものとの関係性の中でものを観ているのだと思うんですよね。だから、おもしろいということもありますが、そのためにどう場をつくるのかというところに可能性があるように思います。もっと言うと、先ほどの「DMだけ持っている人がいる」というように、展覧会というのは、ギャラリーだけで起きているのではなくて、それこそ「いつものドアをあける」前から起こっているのではないかと思うことがあります。
私の好きなエピソードがありまして、ある方が、木藤純子さんの個展を見に来られて、「ギャラリーに入る前に、建物のまわりを3周してから来ました」と言うんですね。なぜかと言うと、「展示を見る前に自分の気持ちを整えるため」だそうです。ただの奇特な人だと言われればそれまでですが、木藤さんの作品は場に即したインスタレーションで、ただ作品が並んでいるというわけではないので、見る側の態度が問われると言うんでしょうかね。ただ漫然とその場にいるだけでは、なかなか見えない、出会えないところがあります。作品と向き合うための気構えがないと見えてこないものが用意されているということを、その方は経験上ご存じであるし、場がそのような捉え方を要求している、ということがあると思います。

 

ETHICAについて

「shuko Terada/  ETHICA」(2021)展示風景

2021年4月にETHICAをオープンして、思った以上にこの場所を受け止めてくださる方が多いことに気づきました。事前予約制で有料ということもあり、ある程度の時間をつくって気構えをもって来てくださるので、来てくださった方との有意義な時間が生まれます。1時間、2時間を過ごされる方もいます。作品や美術に関することの他にも、最近のコロナ禍でみなさん世の中に対して思っていらっしゃることがあって、なかなかそれを誰かと話すことがしづらい状況なので、普段できないような話をここでするということもあります。作品を通じた対話の場として、とても可能性のある場になっていて。お客さんにも求められているなという手応えを感じています。ややクローズドな空間が今の状況に合っているのかなという気がしています。

- 作品の届け方についての関心は、コロナ禍で最初に立ち上げられた企画「envelope as a door」にも見て取れますね。

作品の届け方、出会い方については、実はfrontを閉じてからずっと考えていました。というのは、そもそもfrontをつくった理由にもなりますが、2000年代後半くらいからアート・プロジェクトやあいちトリエンナーレなど、大きな展覧会や国際展があちこちで開かれるようになり、現代美術の展覧会が美術館で頻繁に企画されるようになって、90年代くらいに比べて展覧会の数が格段に増えたんですよね。そうすると、人の流れが変わってきて、お客さんの反応が薄れてきたと感じることがありました。あらためて、GALLERY CAPTIONが今、岐阜で展覧会をやっていく意味とは一体何なのか、少し迷いが生まれて、悶々とした時期がありました。展覧会やギャラリーという枠組にとらわれず、新しい作品との出会い方をつくる必要があるのではないかと思うようになり、その一端として、frontがあったのですが、売上げがあまり伸びなかったり、建物を取り壊すために立ち退きの問題もあって、次の展開が思いつかずにいました。そんな中、COVID-19の感染拡大が起きて、今までとは違うやり方を否応なしに考えなければいけない状況が発想の転換になって、ひとつの転機になったと思います。
去年の4月に企画していた展覧会が、緊急事態宣言が発出されて延期になったのですが、5月くらいまで閉廊することになり、自宅待機になりました。その時、たまたま休廊する直前にやりとりしていた作家の荷物の中に、今年の年賀葉書がありました。たぶん、出さずに終わって余っていた年賀葉書にひと言添えてあったんですよね。いつもだったら今年の年賀葉書にこんなことを書いてと思ったはずですが、未だかつて経験したことのないような緊急事態宣言下で見る、まだ何も起こっていなかった時の年賀葉書を手にした時に、何か感慨深いものがありました。遅れて届いたお手紙みたいに読み取れて(実際には全然遅れてはいないのですが)。過去から来た手紙のようなタイムラグが新鮮だったというか。外出できなくなってオンラインの可能性が言われるようになってきた時だったので、メールやSNSでメッセージが届くのではなくて、お手紙として手元に届くのが、逆におもしろいのではないかと思いました。今まで、人との直接的なやりとりや作品を観て場にふれることを大切に考えてきたCAPTIONには、オンライン上でというのはピンとこないところもありましたし。直接その人の手元に届ける方法がいいのではないかということで、封筒で作品を届けることを思いついたのが始まりです。
「envelope as a door」は全部で9回企画しました(藤本由紀夫(2回)、寺田就子(2回)、大岩オスカール、金田実生、木村彩子、中村眞美子、植村宏木)。即完売みたいなこともあり、反響の大きさに驚きました。

- 購入方法自体は、オンライン・ショッピングでもあるわけですよね。封筒で手元に届くというところにキュレーションの要素を感じます。それをメール・アートとして見立てていくという面もありますが、どのような構想だったのでしょうか。

メール・アートというのは本来、作家からハプニング的に突然送られてくるもので、何のお膳立てもないのが普通ですが、ギャラリーがそれを取りまとめるということになった時に、実際には一方的に送りつけるのではなく、お客さん自身がそれを選んで買っていただくという違いがあります。お客さんが作品を選ぶ仕組みはオンライン・ショッピングと同じです。それならば、わざわざ封筒で送らなくても段ボールに入れて送った方が大きさの制限もなくて良いのではないかという意見もありました。自分で考えてみたものの、まだ腑に落ちない部分があって、藤本由紀夫さんに相談したら、「メール・アートと言うのではなくて、封筒をギャラリーに見立てて作品を送るという新しい枠組をCAPTIONさんが考えたということにしたらいいんですよ」とおっしゃったんですね。封筒自体がGALLERY CAPTIONだと思った時に、この封筒はギャラリーのドアと同じなんだと気づいて、「ドアとしての封筒」というタイトルが浮かびました。後で藤本さんが「封筒」という短いテキストを書かれていることを思い出して、封筒というのは「どこでもドア」と同じで折りたたまれた世界が受取手によって無限に広がるというようなテキストですけれど、そこと結びつきました。そこで初めて企画としての厚みというか確信が持てたところがありました。

- 「envelope as a door」には次の展開もあるようですね。

作品を購入された、とある方が「こんなふうに額装しました」と持ってきてくださいました。封筒はその人だけに開かれた世界で、非常にプライヴェートなやりとりだと思っていたのですが、受け取ったものをまた誰かに見せることで、作品が開かれるということに初めて気づきました。envelope as a doorのローカル展示というか、まだウェブ上でしか展開していないお届け先を待っている状態の作品をローカルな場で展示してみることを考えました。今まで画面上で観ていたものと、実際に観るのとで、どんな差異が生まれるのかということと、買っていただいた方に作品と封筒をお借りして展示するということを考えています。買っていただいた方に「作品をお借りできませんか」と連絡をとっていますが、買っていただいた方のその後の展開が予想以上におもしろくて。「額装しました」というのもひとつの応え方ですが、「まだ開けてません」という人もいらっしゃったり(笑)。

「envelope as a door: local/ ETHICA」(2021)展示風景

- 封筒の力はすごいですね。

寺田就子さんの《誰かが封を切る》という作品ですが、その方が言うには、自分の手元にあるのに、自分のものではないような。封じられているからこそ、このアートは成立しているのではないか」と、受け取った中でいろいろなことを考えられたそうで、まだ開けていないということでした。封筒は開けて楽しんで飾っているけれど、自分宛てに届いた封筒や作品を見せるのは、何だかすごく恥ずかしいという方もいらっしゃいました。封筒で届いた作品は、他の作品と明らかにご自身との関係が違うのだそうです。確かに、届いた手紙を他人に見せることは普段あまりないことですし、プライヴェートな部分を見せる感覚に近いのかもしれません。送り手の私が知らない物語があり、受け取った後の、「その後」がむしろメインだったのではないかと後になって初めて気づきました。結局、その人が「どう受け取ったか」というところにこのプロジェクトのおもしろさがあったのです。ドアというのは、封筒だけに存在していたわけではなくて、もっといろいろなところに開かれているものだと気づきました。実は、「よりみちプロジェクト」の冊子で秋庭史典さんに書いていただいたテキストの最後にも同様のことが書いてあるんですよね。大事なものは受け取った人のなかにあるという言葉も、十年越しで回収できたような気がします。「よりみちプロジェクト-いつものドアをあける」も、「envelope as a door」もどちらも「ドア」で、それほど意識してつなげて考えたわけではありませんが、時間を経て自分が何をやっていたのかわかってくることがあるなと思いました。

- GALLERY CAPTIONでは、芸術の作り手だけでなく、受け手も一緒に育ってこられたのではないでしょうか?

今回、想像以上に、お客さんの方がすごかったですね(笑)。それは本当にありがたいなと思います。観る人が育ってくれるというのもおこがましいですけれど、その人にとって美術が生きていく糧になるということが私たちの願いでもあるので。なかなか普段は目に見える形で伝わってくることがないですけど、今回、封筒のプロジェクトをやってみてそれがわかってきたところがありますね。

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