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学生インタビュー:奥野 唯織さん(博士前期課程2年)

メディア表現学が網羅する領域は、芸術、デザイン、哲学、理工学、社会学など多岐にわたります。各自の専門領域の知識を生かしながら他分野への横断的な探究を進めるうえで、学生たちが選ぶ方法はさまざまです。入学前の活動やIAMASに進学を決意した動機をはじめ、入学後、どのような関心を持ってプロジェクトでの協働に取り組み、学内外での活動をどのように展開し、研究を深めていったのかを本学の学生が語ります。

奥野 唯織さん

「なぜやるのか」と問い続けて

- IAMAS入学以前の活動と進学の動機について聞かせてください。

IAMASに入学する前、私は香川大学の創造工学部造形・メディアデザインコースという学科に在籍していました。本学科は設立されたばかりの新しい学科で、私は3期生として入学しましたが、周りの学生は、関心や興味のアンテナが実に広範で、自ら動機・課題を見つけ行動する方が多い印象でした。そんな中、私自身も何かをしなければ、という焦りの気持ちが日ごとに募り、内なる動機や関心との対話を十分に行えないまま、「とりあえずやってみる精神」での生活がスタートしました。例えば、香川県の特定地域を対象としたアーカイブ兼アートプロジェクトで照明制御やVJをやってみたり、他学部の地域プロジェクトで小学生を対象にしたワークショップやカフェを運営したり、JAZZ研のサークル代表としてさまざまな場所で演奏したり、といった活動をしていました。しかし、「とりあえずやってみる精神」の効果の継続時間は決して長いものではなく、活動を自分なりに説明・咀嚼できていなかった当時の私は、そもそもなぜこれをやっているのか、という虚無感に襲われることになりました。その後は反省し、短絡的に何かを始める前に、なぜ自分がそれをする必要があるのか、それを自分がやるとしたら何をどう変化させられるのか、という思考に時間をかける必要性や充実感に目覚めました。そうした内省を経て、改めて自分自身の表現として、商店街や大学での音楽パフォーマンスに向き合い直していた時期に、IAMASと出会いました。IAMAS修了展を見に行った際、作品と研究について学生本人から丁寧に、そして真摯に説明してもらった経験、言ってしまえば「作品・研究」と「語り手本人」が強く一致している姿に、当時の私はとても感化され、進学を決意したことを覚えています。

- 在学中の研究、生活について教えてください。学外発表についても紹介してください。

IAMASでの2年間を経験した今だからこそわかるのですが、私の行動原理や動機には、芸術分野に限らず、ある特定の分野における規格や形式がその分野自体に与える支配的な影響を、規格や形式そのものを組み替えることによって崩壊、あるいは変容させたいという欲望があることに気づきました。これは、条件を組み替えればアウトプットされるものも変化するという、至極当たり前のこととも捉えられますが、私の研究の場合、条件を組み替える対象が、デジタル・プラットフォームにおけるコンテンツ運用やアテンション設計という、少し大きく、慎重に取り扱うべき対象でした。そして修士作品では、《RECHOLL》(リコル)という動画配信プラットフォームを制作・運用し、具体的には動画の一部を切り抜き、その切り抜かれた部分に再生端末のカメラ映像を合成するという、既存の動画再生システムの「組み替え」を行いました。しかし、この「組み替え」という行為について、今、私たちの周りで選ばれている規格や形式は、デジタル・プラットフォームに限らず、それを利用する人々にとって利益があるから採用されているのであり、それを組み替えるということは、ある種、現在あるインセンティブから多少距離をとることでもあります。私の場合、再生システムを組み替えたことについては、最初こそアブダクション的に、こういうことをしたら面白いだろう、という独りよがりなスタートでしたが、やはり考える必要があったのは、その介入によって既存の体験から失われているものと、それでも妥当性があると主張できる意義でした。取り組むべき問題や課題のスコープを設定すれば比較的ドライブがかかりやすい他分野の研究とは一味異なり、IAMASの研究・制作は、ある種、やらなくても良いと一見思われがちな「組み替え」を、いかにして特定の分野や人々にとって意義があり、価値あるものとして説明可能にしていくかという試行錯誤の連続であると私は考えます。ただ条件を変えたからアウトプットが変化した、それだけでは終わらない。なぜそれをする必要があるのか、それが私にとってだけではなく、研究にとって、社会にとってあるのかを深く考え、教員や学生と議論しながら生活すること。IAMASでのこの豊かな経験は、私という小さな個人が行う介入や操作の虚無感や無力感に、確固たる安心と自信を与えてくれました。

動画配信プラットフォーム《RECHOLL》

- IAMASで過ごした時間はどのようなものでしたか? IAMASについて語ってください。

私にとってIAMASで過ごした時間は、これまでの人生の伏線を回収する時間であり、これからの人生に伏線を張る時間でした。入学当初に提出した研究計画書。思えばあれは、これまでの拙い人生が凝縮された一枚でした。研究を振り返ってみると、形や手法は違えど、あのフォーマルな文章の裏側に潜ませた感情や大きな思いは、今でも一貫して私の修士研究と作品の中にありました。確かに、修士作品を研究・論文というプロトコルにまとめる際には、個人の内発的な感情や思いのフェーダーは下げ気味にし、既存研究や社会への接続、先ほど述べたような「組み替え」の妥当性を前面に展開していく必要があります。しかし私は、IAMASで過ごす際に最も蔑ろにしてはいけないのが「感情」や「思い」だと思います。迷った時には自身に立ち返り、そもそも何がしたかったのかを思い出してみる。そうした瞬間に何度か救われました。IAMASにおける伏線回収とは、この自身に灯された感情の存在や輪郭の解像度が、研究を通して徐々に立ち上がっていく過程だったのかもしれません。そして私の研究と作品は、今後の人生の新たな伏線として機能していくのだと思います。

- 修了後の進路や、今後の計画を教えてください。

現在の研究テーマや実践を社会にどう配分していくか、今はその思考のただ中にあります。しかし、私自身「なぜやるのか」という自問自答を止めることはありません。既存の形式を疑い、その構造を問い直す視座を武器に、今後は社会というフィールドで新たな場や価値を提示する実践を積み重ねていきたいと考えています。

インタビュー収録:2026年2月
聞き手:前田真二郎
※『IAMAS Interviews 06』の学生インタビュー2025に掲載された内容を転載しています。