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研究レポート

人工知能とアーカイブから、未来の創作行為を探る-Archival Archetyping

IAMASの教育の特色でもある「プロジェクト」は、多分野の教員によるチームティーチング、専門的かつ総合的な知識と技術が習得できる独自のカリキュラムとして位置づけられています。インタビューを通じて、プロジェクトにおけるテーマ設定、その背景にある研究領域および文脈に加え、実際に専門の異なる教員や学生間の協働がどのように行われ、そこからどのような成果を期待しているのかを各教員が語ります。

小林茂教授、クワクボリョウタ教授、松井茂准教授

「岐阜おおがきビエンナーレ2019」でのシンポジウム「AIとの共創による新たな作家像」。
シンポジウムの内容は『情報科学芸術大学院大学紀要 第11巻』でご覧いただけます。

- プロジェクトのテーマと背景について聞かせてください。

小林茂(以下小林) プロジェクトでは、学生と教員が深く議論して、自分とは異なる分野出身の人たちと協働しながら何かをつくりあげることに取り組みます。自分たちで企画を立てて実行し、実行したあとに振り返って学び、再び企画から実行へ、という繰り返しが非常に重要だと思うんですね。学生によっては、プロジェクト実習を経て、自分の修士研究の種になるようなアイデアを得る人もいますし、修了後に自分とは異なる分野の人たちと一緒にやっていく時にどうやって進めればいいのかを学ぶことができるという意味で、重要な授業だと思います。このため、プロジェクトには参加者がいろいろな角度から関わって深めていくことができ、なおかつ現在性のあるテーマが必要です。

このプロジェクトでは「人工知能」と「アーカイブ」がテーマです。「人工知能」に関しては、スマートフォンの音声アシスタントと話したり、機械翻訳を利用するなど、誰もが日常的に接点を持ち、話題にしています。人文学的な観点からも工学的な観点からも関わることができ、現在だけでなく数年、十数年先を見据えて議論すべきトピックを一緒に掘り下げていこうということで、このテーマを選びました。「アーカイブ」に関しては、共同研究者のクワクボさん、松井さんとこのプロジェクトを構想するなかで、アーティストの創造行為のなかにある無意識をどのように記録し保存できるのかという関心が生まれたことと関係しています。記録と保存だけでなく、次の創作行為につながる基盤となるようなものを、人工知能によって実現できないだろうか。それにチャレンジすることをテーマとしようと、このプロジェクトを立ち上げました。最終的に作品として表現し世の中に問うところまでやる、というのはほかの研究教育機関ではなかなかできないのではないかと思います。

クワクボリョウタ(以下クワクボ) 最初、僕は生データ担当だと冗談で言っていました。アーカイブされるべき対象となる部分もあり、それによって自分の制作を今までにない視点で見ることができるという期待がありました。初年度はそれを、ジョルジョ・モランディ(1890–1964)を例に実装しました。モランディの静物画を機械学習して、構図に見られるモランディらしさとは何かを考えるプロセスで非常に可能性が感じられ、成果がありました。ただ、実際にプロジェクトを進めるとどうしても社会情勢と関わってしまうところがあり、初年度は僕の場合、あいちトリエンナーレをテーマとした作品《芸術祭来場者を対象とする、芸術と政治に関する意識調査と機械学習を活用した分析》を岐阜おおがきビエンナーレ2019で発表しましたし、今年はCOVID-19の影響があって、設計通りに物事が進んだわけではなくて、状況に応じてやるべきことを変えてきたと思っています。

松井茂(以下松井) 僕の場合、AIに関しては専門外という意識が強く、もともとAIによる表現を研究対象にしたり、AIで詩を書こうと考えて参加しはじめたわけではありませんでした。同時代のなかで、ひとりだと手に余って、考えることをやめてしまうことであったり、考えなくてはいけないけれど受け流しがちなことを、複数の専門分野をもつ教員でする授業だからこそ、自分の観点から参加しています。正直なことを言えば、自分にとってのAIや協働という概念は、「意識的な切断」の対象だったりもするのです。こう言うとネガティブに聞こえますが、しかしそうすることによって、自分の研究領域の既成概念をずらしていけるのではないかと感じます。2020年度は、Google翻訳、つまりニューラルネットワークを使って、詩集『二●二●』と題したルールベースの詩集をはからずも10年ぶりにつくることになりました。すこし苦手だとか嫌だなと思うけれど押さえなきゃくらいなところから参加することで、自分の価値観のパラダイム・シフトがはかれるような気がします。

小林 技術的な背景としては、2010年代に大きな変化が起きたと思います。1980年代に起きた第二次人工知能ブームで中心となっていたのはシンボリズムで、その時には劣勢だったコネクショニズムという考え方があります。当時は計算機の能力も低く、学習に使えるデータも少なかったし、アルゴリズムも確立していなかった。ところが2010年代になってコネクショニズムの実装方法として機械学習が急速に発展したことによって、急に現実味を帯びてきました。人の活動をアーカイブしようという時、人の意識下にあることと、無意識下の両方が重要だと思うのですが、無意識下についてはシンボルで表現できず、ほかの人に伝えることが困難です。作品をつくる時も同じようなことがあって、機械学習によって本人すら意識していないところも記録可能になるかもしれないという期待があります。初年度の成果を人工知能学会の全国大会で発表し、徐々に外部から興味をもつ方も出てきています。

《芸術祭来場者を対象とする、芸術と政治に関する意識調査と機械学習を活用した分析》

- 学生はどのように関わっているのでしょうか?

小林 プロジェクトのはじめに、人工知能をつくるハンズオン形式のパートを設けています。人工知能は誰かがつくったものであり、つくれるものだということを理解するために、自分でデータを集めてもらい、そこから学習して実際に動くものを短時間で制作します。コードの1行1行、アルゴリズムの詳細を理解するところまで辿り着かないにしても、つくり方がわかることで、人工知能はブラックボックスではないこと、つくり手の思想やバイアスが反映されることや、うまくいく時もあればいかない時もあるという確率的な性格などについて実感をもって理解できる重要なプロセスです。

クワクボ 初年度、僕もハンズオンを通して発見がありました。僕の場合、鉱石ラジオを作った時に、「こんなもので音が聞こえるんだ」という経験がありますが、ハンズオンを経験すると、抽象的な議論をしても世界と接地している感じが得られる。自分で実装はできなくても体験しておくことで、その先の確信が大きく変わることが重要だと思います。
ある活動をやっている時の成果というのは、何が原因かわからないことがある。つまり、筋道を立ててやったことがひとつの成果になるんだけれども、その成果の実感をもたらしてくれるのはじつはその隙間にあった、まったく予期していない要素である場合があると思います。今年はオンラインによって、今まで意識していた成果が見えなくなっていたり、新たな隙間ができているのではないかと思っています。去年ならば教員3人だけが盛り上がっているような話題に対して、学生たちが個別に感じ取っていたような体験が今年にはないだろうし、今年の学生が予定していないような成果がどのようにもたらされるのかを考えています。

松井 学生にとってプロジェクトでの議論は、既成概念を変えていく何かにつながるのではないかと思います。ディスカッションを通じて得られる知見や実践と、そこからどう判断するのか自力で考えていく習慣を身に付けられることが、最終的にはプロジェクトの意義だと思います。

聞き手:伊村靖子

 
※『IAMAS Interviews 01』のプロジェクトインタビュー2020に掲載された内容を転載しています。