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教員インタビュー:瀬川晃准教授

コロナ禍で顕在化した公共サインの無秩序

- 今年度からソフトピアジャパンのサインプロジェクトがスタートしたと伺いました。

2014年にIAMASがソフトピア地区に移転をして6年が経ちました。当初から「なぜこんな所にこんなサインがあるのだろう」と違和感を感じることが多くありました。ただこの施設には色々な企業が入居していて、僕は建物全体のサインに関わる立場でもないので、なんとかしたいと問題意識を持ちながらも、最低限IAMASに関係するフロアサインの改修に留まり、他の部分については次第に見慣れて気にしないようになっていきました。

サインの見直しに着手することになった直接的なきっかけは、ソフトピアの1階に新設されたふれあい広場というフリースペースのサインをデザインしたことです。設置当初は「ご自由にご利用ください」というラミネートの注意書きが貼られていたのですが、視認性が悪くテーブルやパーティションとの雰囲気が合っていなかったので改善したいとの依頼を受けて、Free Wi-Fiのサインを提案しました。
また同時期に、マスク着用や社会的距離の確保などの感染症対策のサインが次々と増え、無秩序になってきたこともあります。このタイミングで公共空間のサインを研究テーマにしてみたいと考えるようになり、RCICスタッフの伊澤宥依さんと共同でプロジェクトをスタートしました。

ソフトピアジャパンセンタービル 1F ふれあい広場

- 確かにコロナ禍で注意喚起のサインが増えましたが、それ以前から公共空間にしても、食品や日用品のラベルをとっても、笑ってしまうくらい過剰な注意書きが書かれていて、私も違和感を感じながら見て見ぬ振りをしていました。

そうですね。例えば、トイレで言えば、「一歩前へ」とか「いつもキレイに使っていただいてありがとうございます」と書かれていたり、空間の中にある様々な注意喚起が私たちへ必要以上に語りかけてきます。日本語で書かれていればどうしても読んでしまいますし、日本語がわからない方にとってはノイズでしかないですよね。
クレームやトラブルに先回りして予防線を張るために、どんどんと注意書きが増えていますが、一方でそれを見続けなければいけない側の心理的影響やストレスはあまり考慮されていないように思います。この機会に少しでも整理できればと思っています。

足元注意、マスク着用が重複された無秩序なサイン

- 具体的にどのようにプロジェクトを進めていますか。

最初にこのビルの管理者や警備員、清掃員、IAMASの学生や事務局など、この建物を利用している方々にアンケートを取りました。回答者の多くは注意喚起が運営上必要なことを理解しつつも、現在のやり方が最適解なのかどうか問題意識を感じていることが分かってきました。

例えば、「歩きスマホはご遠慮ください」というサインがあるのですが、そもそも歩きスマホしていたらそのサインが目に入らないですよね。自動ドアに細かい文字で書かれた長文の張り紙があっても、近づいたらドアが開いて読めないというような矛盾が起こっていました。それぞれが抱いていた違和感を声にして、見直す良い機会になったと思います。

そこでまずは依頼のあった1階のふれあい広場のサインと合わせて、入り口の自動ドアにバラバラに掲示されていたサインを整理して、注意、案内、禁止、COVID-19で色分けをした丸いピクトグラムでコンパクトに表示するようにしました。

ドアのピクトグラム

2階にある事務局への誘導サインも変更を行いました。これまでは施設貸出や入居など目的別の情報が書かれていたのですが、「総合案内」という文言に集約して、カウンターで詳しくご案内できるような流れに変えました。変更して数ヶ月が経ちますが、今のところ問題はないですし、担当者からは「スッキリしてよくなりました」という声をいただいています。

2階の事務局誘導

- 瀬川さんはこれまでIAMASの広報ツールのデザインや展覧会のアートディレクションなどを手掛けていますが、サインのデザインは今回が初めてですか。

展覧会などで来場者を誘導するサインをデザインした経験はあります。
あとは、IAMASの学生だった20年前に、同期の守屋松一郎君と田中良治君と僕の3人共同で卒業制作として新校舎のサイン計画を行ったこともありました。ただ新校舎のときは完成したばかりの真っ新な状態でしたし、利用者が学内に限られているという条件とは違い、今回は入居企業や不特定多数の利用者に対してアプローチを変える必要がありました。

- 瀬川さんがインタビューアーを務めた井口仁長さんのOBOGインタビューで紹介されていた都城市立図書館のサインの事例も運用の部分で参考になりそうですね。

都城市の図書館は、自由に書き換えられるテンプレートをスタッフが運用しても破綻しないような仕組みを作っているところがとても興味深かったです。
それを参考に、今回ソフトピアの臨時休館を告知するためのテンプレートをクラウドサービス上に提供し必要に応じて書き換えてプリントして使ってもらうことを試してみました。

IAMASの新校舎や、図書館、美術館はある程度管理しやすい部分があると思うのですが、市役所など不特定多数の人が行き交う場所は、各担当者が必要に応じてサインを追加しているのでコントロールが難しいんです。おそらく日本中のどこの公共施設も抱えている問題だと思いますが、一番の問題は一度掲示したものをはがす運用ルールがないことですね。今年1月にできたばかりの大垣の市役所の新庁舎に3ヶ月おきに4回ほど定点観測に行っているのですが、想定されていたサインが運用上で見直されたり、掲示物が増えたり整理されたり、繰り返し見ることで変化が分かるので興味深いですね。

- 先ほどのテンプレートやドアのピクトグラムのように、フォントや色などデザイン面での統一を図るだけでも、無秩序な印象は多少軽減される気がします。

ソフトピアに限らず、よくある事例としては、目立たせるためにポップ体を選んでしまい、シリアスな情報が優しい雰囲気になってしまったり、毛筆体で丁重な演出を施してしまうなどが見受けられることがあります。
でもそこはデザインに対する知識や関心を少し持つだけで変わってくる部分だと考えています。情報を伝えるにあたって文体や文字量なども意識しながら、デザインへの認識も少しずつ更新していけたらと思います。実際にこの取り組みをはじめて数ヶ月で、担当者の意識は変わってきていると感じています。
管理者の人と連携を取りながら、長期的な改善に取り組んでいけたらと思っていますし、将来的にはソフトピアの事例を他の公共施設でも参考にしてもらえるよう、ボトムアップできれば嬉しいですね。

特定の色を出さず、印象に残る世界観を作り上げる

- 瀬川さんはこれまでにIAMASの広報ツールや展覧会のビジュアルアイデンティティー(VI)を多く手掛けています。IAMASや展覧会の印象を決める“顔”を作るにあたって、どのようなことを心掛けていますか。

一番大切にしているのはテーマに寄り添って印象に残るデザインを作ることですね。
岐阜おおがきビエンナーレはこれまで8回開催されましたが、2004年、2010年、2015年はVIから展示・サイン・図録のアートディレクションとフルで担当しました。




岐阜おおがきビエンナーレ2015

- 実際にVIはどのように作り上げていくのですか。

2015年の場合は、「Cracks of Daily Life 日々の裂け目」がテーマだったので、元々あったものが欠けたり、劣化したり、ひずんだりする変化を写真とタイポグラフィーで具現化したいと考えました。
同僚のジェームス・ギブソン(准教授)と相談しながら撮影協力をしてもらったのですが、自然素材と人工物、近景と遠景、平面と奥行きというようなバリエーションを持たせて、イメージが固定されないように留意しました。

2010年は「温故地新」というテーマでしたが、この時はわりと苦労しましたね。最終的には展示のひとつでもあった、大垣市出身の飯沼慾斎が江戸末期に描いた「草木図説」を用いました。単なる懐古主義にはしたくなかったので、新しさをどう盛り込むかというところで試行錯誤しながら進めた記憶があります。

- 展覧会のVIを手掛ける面白さはどんなところにありますか。

ビジュアルを最初から練り上げていく過程であったり、ロゴタイプを作ったり、どんどんと世界観を作り上げていくところにやりがいを感じます。展覧会はやはりお祭りのような雰囲気があって、会場全体の盛り上がりや一体感を作り出せるところは面白いですし、一方で最終的に図録などは長くアーカイブされます。瞬間的な盛り上がりと長期的に残っていくところ、その両面があるのも魅力です。さらに空間、印刷物、WEBサイトなど色々なメディアを使い分けてチームワークで作業することも楽しいですね。

- チームで作り上げるといえば、アカデミーの1年生のときにannual 98のプロジェクトに参加されたそうですね。

そうですね、とても思い出深いです。取材から始まり、撮影をしたり、3Dメガネを海外から取り寄せたりして、最終的に印刷物とCD-ROMに仕上げていく。入稿がギリギリになって、バイクでデータを配送業者に持ちこんだこともありましたね(笑)。10人の制作委員会のメンバーで、チームでひとつのものを作り上げる経験はとても印象に残っています。

IAMAS annual 98

- annualのような実践的な学びの場は今もあるのですか。

アカデミーがあった2011年までは学生有志で作っていたのですが、大学院になってからはカリキュラムや学内の体制が変わり、学生がデザインワークに関わる実践的な制作指導の機会は少なくなりました。例年卒業展示では卒業年の学生が主体となって展示計画や広報、運営、記録まで一通り行っており、そこが実践の場になっています。
昨年はオープンハウスでリーフレットや当日配布するプログラム、サインのデザインなどを学生に関わってもらいました。失敗も含めて、やはり実践でしか学べないこともありますし、1年生なので様々なプロジェクトに参加しながら自分の興味やテーマを探す時期でもあるので、研究とは違う経験をすることで学生のスキルアップにつながったと感じました。

- 昨年の秋には赤松さんと共同制作した「カクテル自転車」を発表しましたね。

作品を制作する直接の動機は、ナッツの販売業者から相談を受けて共同研究したことです。
その前の年に「パンタグラフィー」という、写真をなぞり、大きな線画を描く製図道具を使った体験型のワークショップを養老アート・ピクニックで行いました。ワークショップを組み立てることはそれまで未経験だったので、とても新鮮な経験でした。

今はデザインもパソコンで、指先だけで作ってしまいがちですが、もっと身体を使って、その場でなければできない体験として展開できないかと考え、自転車に乗りながらナッツやフルーツをブレンドする体験型作品に至りました。

カクテル自転車

- アート・ファーミング、養老アート・ピクニックでは、参加者が非日常を楽しそうに体験されていました。行為と結果がシンプルに分かりやすくつながっていて、参加している人も観ている人も楽しめるのがいいですね。

ベダルをこいだらスムージーができるという行為と結果は子どもでも分かりますし、一方で食というテーマは地域性や文化と結びついていて奥が深く、可能性を秘めていると改めて興味が深まりました。

シェイク自転車・カクテル自転車(名古屋・養老)
http://criticalcycling.com/2019/09/cocktail-bike/

デザインスキルは表現のリテラシー

- 瀬川さんはアカデミーの3期生で、初期の頃からIAMASを知っていますが、今の学生たちはどうですか。

アートやデザインに限らず、地域コミュニティーや福祉に目を向ける学生が増えている印象があります。社会状況を見据えたり、地方都市で研究する意味を見出す学生がいることは興味深いです。
今は作品制作だけではなく、研究としての動機や意義をより強く求められますし、言語化して伝えるということも重視されています。学生にとっては大変ですが、その分研究や作品の強度が上がっているように感じます。

- ご自身の経験を踏まえ、デザイン系の学生がIAMASで研究する面白さはどこにあると思いますか。また逆にデザイン系以外の学生がデザインを学ぶ重要性についてどのように考えますか。

IAMASの前はいわゆるクライアントワークやデザインの講師をしていましたが、自分の伸び代を広げたいと考えて入学しました。音楽や演劇などを体験してあらためてデザインの興味や可能性を実感しましたし、Annualの制作を通してチームで作る面白さを知りました。卒業制作で新校舎のサイン計画に携わったことも、今の研究につながっています。

テーマはそれぞれ違っても、問いを立て、仮説を検証するというプロセスは、どの分野の研究にも共通しています。多様な価値観の人がいる中で、時に横道に逸れながら作品を具現化していくことは得難い経験になると思います。

その中で、情報を整理することや伝達するというデザインスキルは、ジャンルを問わず共通のリテラシーとして応用できるところがたくさんあります。デザインへの解像度をあげることで、表現の幅が広がるのではないかと考えています。


 

瀬川晃 / 准教授

1970年岐阜県生まれ。グラフィックデザインを軸に展覧会・学会の広報ツールからサイン、記録冊子までトータルにデザインおよびディレクションを行う。近年は移動性、歴史など暮らしを取り巻く身近な環境とデザインの関わりに注力している。

インタビュアー・編集・撮影:山田智子