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第一回テクテクテク勉強会レポート

小林孝浩(情報科学芸術大学院大学 教授)

勉強会の記念すべき第一回は、「動物の味の感じ方はなぜ違うのだろう」というタイトルで、岐阜大学応用生物科学部の松村秀一教授を講師にお迎えして行われました。講演は大きく3部から構成され、1) 動物遺伝学とは?DNAとは?、2) 味覚と遺伝子、3) 動物の味覚はそれぞれ違う、の流れで、動物遺伝学の先端事例に触れつつ、クイズ形式や味覚体験などを取り入れられ、たいへんわかりやすく、興味を持てるよう、説明していただけました。「味覚を利用したクマの忌避剤」を研究されているとのことでしたので、昨今の獣害や豚コレラに対する取り組みとして関心を寄せていました。流れに沿って講演を振り返ってみます。

 最初のパートではまず、遺伝子やDNAについて学びました。遺伝子の違いにより例えば、毛の色が決定されます。その遺伝子の実態がDNAというわけです。動物遺伝学では、この遺伝子によって継承される機能や特徴について、そのパターンやメカニズムを解明する学問なのだそうです。ここで早速クイズが出されました。「人間の個人差は、DNAのどの程度の違いから生じるものでしょうか。」ちなみに、ヒトとサルのような「種の間」では、100個に1つほどの違いがあるそうです。クイズの答えは「1,000個に1個」。ヒトのDNAが30億個ですから、300万ほどの違いが私たちの個性を生んでいる、というわけです。数を聞くと多く感じますが、割合では0.1%。99.9%が同じなんですから、ほとんど同じ、というより、限りなく同じと表現すべきかもしれません。「ウシの色」や「ヒトのお酒の強さ」についても遺伝子で決まることが話されましたが、何より「ネコの毛色が9つの遺伝子で決定される」という事実は、とても興味深かったです。特にIAMASでは猫好きの人が多く、講演後にもこの話題で盛り上がっていました。

 次のパートでは、今回のテーマである味覚そのものについてのお話でした。ここで印象に残ったのは、「舌の上で、味覚がそれぞれに分布しているわけではなさそう」という説明です。つまり、舌には味覚受容体が分布しているのですが、受容体は全て同じもので、一つの受容体が5つの味覚全てに反応するようだ、ということなのです。「舌の先端は〇〇の味がよくわかる」と説明していたマップはなんだったんだ、とか思いながら、知識を更新していきました。こういった感覚の裏に科学の進歩が伺えますし、勉強会の一興ですね。また、うま味を示す単語として「umami」が世界共通であること、「魚以降」の生き物は同じように味覚を持っていることなど説明がありました。ここでは味覚体験が用意されていました。ブロッコリーなどに含まれるPTCという苦味があるそうで、4人に1人の割合で、この苦味を感じない人がいるのだとか。米国で入手された「苦味成分を含ませた試験紙」を各自舌に乗せ味わいました。「紙の味しかしない」という声も聞かれ、ごく身近な感覚でもこのような大きな違いがあることに驚きつつも、同時に、この苦味については「寛容さがある(つまり、この味覚の有無が、食性、ひいては、生存戦略に大きな影響を与えなかったであろうこと)」のだろうと想像していました。


 最後のパートでは、いよいよ動物の多様な味覚についてのお話です。ネコ、ハチドリ、パンダ、サル、ヘビ、カワウソ、クマなど、それぞれ独自の「味の好み」についてお話がありました。いくつか挙げてみます。甘みを感じない生き物には、ネコ、アシカ、オットセイ、カワウソ、魚類全般、コウモリなど鳥類全般が挙げられていました。これらは肉食(コウモリは吸血のみ)のため、甘みを感じる必要がないのだそうです。その中でも、一部には「器用な羽根さばき」で空中に留まりつつ、花の蜜を吸う鳥がいますよね。それがハチドリ。実は「うま味受容体」が独自の変化を遂げたため、花の蜜を「うま味」として感じているそうです。つまり、花の蜜を吸って、お肉の味を感じているようなものですよ!味覚の多様性を感じずにはいられませんね。その一方で、ニホンザルは苦味を感じないそうです。サルの中でももっとも北部に分布するため、食べるものに困らないように枝を食べることで冬場を凌ぐ、という食性で環境に適応したためと考えられます。ヘビについては、甘味もうま味も感じない。「餌を丸呑みするから、味とは関係ないのでは」という説明でした。餌を丸呑みするイルカの仲間も似た傾向の味覚を持っているそうです。なんとなく、日頃の「食べ方」を指摘されたような感覚でした。味覚は「何を食べるか、食べないか」を決定づけ、動物の生存に影響する重要な感覚とのこと。環境に応じて遺伝子が変化してきたというその歴史が、DNA配列に刻み込まれていることをよく理解できました。

 テクテクテク勉強会のために、こういった知識をどのように活用するのか、といった話題もお話いただきました。近年はクマによる獣害が問題になっていることもあり、味覚を利用したクマの忌避剤について研究されているそうです。一事例として、合成甘味料のアセスルファムKがクマには苦味に感じることを発見し、樹木に散布されたそうです。これまでのところ、嫌がることはなかったようですから、まだまだクマに引き上げてもらうことは叶わないようです。会場からもたくさんの質問がありました。「人間は経験や成長によって味覚が変化するが、動物にもあり得るのか」については、「動物にも同様なことが言える」とのこと。ペットそれぞれが家庭の味を感じているかもしれませんね。「味覚は特定の化学物質と一対一対応しているのか」については、「分子の一部が味覚を生んでいるので、一対一対応ではない」。「動物でもミラクルフルーツ(酸っぱいものを甘く感じさせる)のように味覚変化が起きるのであれば、樹木が嫌いな味になるような物質を見つけたらクマの撃退に使えないか」については、「その可能性があり、興味深い」とのこと。里山の安全のためにも、クマの平穏のためにも、先生の研究に期待したいところです。