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第二回テクテクテク勉強会レポート

吉田茂樹(情報科学芸術大学院大学 教授)

IAMASテクテクテク勉強会は、これからの持続可能な社会を創造していく新しい科学技術やデザインについて学ぶために、岐阜県内の研究機関などの研究者を講師にお招きし、多様な参加者とともに新しい科学技術の可能性について一緒に考えていく勉強会である。名前の由来はtechnic(技術)、technique(技能)、tekumakumayakon(魔法の呪文)から来ている。

5月の第一回勉強会に引き続き、7月下旬に第二回のテクテクテク勉強会が開催された。第二回は「目の前の風景からコンクリートが消えたら」というタイトルで、岐阜大学工学部社会基盤工学科の國枝稔教授を講師にお迎えし、コンクリートなどを使った橋やトンネルなどのインフラ構造物にまつわる、全部で5つの話題についてお話しいただいた。

最初に導入として、國枝先生の研究内容やインフラ分野の重要な転換点となった笹子トンネル天井板落下事故を題材に、当時は新しい技術で作られたものが40年後に事故が起きたこと、業界として今はインフラの新設が減りメンテナンス(維持管理)の業務が多くなっていることなどが紹介された。

最初の話題は「インフラ分野で何がおきているか」についてである。ここでのインフラとは道路や橋、トンネルなどのことを言うが、今回は分かりやすいものとして主に橋について取り上げられた。橋は6割がコンクリート製で、4割が鉄製だが、アメリカに比べて日本の橋梁の建設数の推移は約30年遅れて追随しているとのこと。そのアメリカを始めとする海外では過去から現在に至るまでいくつもの落橋事故が起きており、同様に日本で起きたいくつかの落橋事故についても紹介された。強風による共振でタコマ橋が墜ちた事故は有名なので知っていたが、他にも大きな事故から部分的な落下事故まで様々な事故があることを知り、安全性の確保という大きな課題の重要性と難しさを実感した。事故は材料や技術的な要因はもちろんあるが、今は職員から技術者が減って「分かる人」が少なくなっていることや、市町村合併で広域化して目が届かなくなっていることも要因の一つとのこと。劣化したものは補修や補強をするが、補修方法によっては短期間で再度劣化したり、補強した部材が劣化することも起きているとのこと。「この業界では作った数十年後に何が起きるかを考えないといけない」という言葉が印象的であった。もう一つインフラ分野で起きていることとして、人材不足がある。工事が増えていたり、若い人が魅力を感じないなどいくつかの要因があるが、それには高流度コンクリート等の新しい技術を使うことで対応が可能ではあるものの、新しいものはコストがかかるため、安全とコストのバランスの落とし所が問題とのこと。

次の話題は「材料・構造の進化」である。蔓を使った吊り橋や、木や石などの自然物を使った橋から、鉄の橋そしてコンクリートの橋へと進化してきている。技術の進化と共に新しいものが登場するわけだが、コストバランスを考えると新しい材料はなかなか使われないとのこと。材料の進化だけではなく、それらを使う架橋技術も進化することで、全長や支柱間が長い橋も作られるようになってきている。ちなみに、世界最長の吊り橋である明石海峡大橋を作るために、新しい鋼材の開発も行われたとのこと。現存する材料を利用するだけでなく、構造物のために新たに材料を作ってしまう意欲には驚かされる。

3番目の話題は「コンクリートを知ろう」ということで、それなりに知っているつもりでいたコンクリートについてあらためいろいろ教えていただいた。砂や砂利をまぜるのは増量してコストを抑えるため、乾いて固まるのではなく化学反応で固まる、石灰石等を焼いてセメントを作るのだが1450℃というかなりの高温で焼く必要があり、燃料として都市のゴミを受け入れているといった目からうろこのお話がいろいろあった。また、コンクリートは水の侵入を防ぐというイメージがあるが、中にすきまがあるため一ヶ月も水にひたっていれば水が浸透してくるとのこと。コンクリートと鉄筋を組み合わせる理由など知っている知識もあったが、知らないことが多く勉強になった。その一つとして、コンクリートは一般的には重いものだが、今は超高強度繊維補強コンクリートがあり、H形鋼と同程度の重量にすることも可能という話があった。ただ、コストは一般のコンクリートに比べて20倍で、メンテナンスフリーなので「ライフサイクルコスト」を考えると長期的にはコストは低いとも言えるが、役所は単年度会計のためなかなか採用されないとのこと。なお、山形県酒田市にこの新素材コンクリートを使った「酒田みらい橋」(歩道橋)が民間企業の発注で作られているが、単に新素材を使っているというだけではなく、デザイナーがデザインしているのも特徴とのこと。多くの橋は材料や規模、工法等によって標準的な形状があり、デザイナーがデザインすることはないそうで、そう言われればそうかと納得するが、意外にも思えた。

4番目の話題は「維持管理時代のニーズ」である。近年のインフラ構造物の安全確保について業界団体等でもいろいろ検討しているが、専門分野の細分化や分業化による弊害を解消することも必要とのこと。そのためには専門分野を広領域化して、「全体のデザイン」ができるようにすることが求められている。そのための取り組みとして、インフラの維持管理に「デザイン思考」を取り入れ、発生した問題に対応するという従来の姿勢から、問題を自ら創る姿勢に変えていき、「安全×デザイン思考」で維持管理を変えようとしているとのこと。ユーザのニーズばかり気にしていては本当の問題を発見できないため、デザイン思考を取り入れて潜在的なニーズを見つけ出そうという取り組みが始まっている。IAMASではデザイン思考はなじみのある考え方だが、インフラ分野でも注目されてきているというのは意外であった。

最後の話題は「3Dプリンティングコンクリート」である。樹脂以外にも金属などの3Dプリンティング技術があるのは把握していたし、コンクリート等の建設材料の3Dプリンティング技術も少し知ってはいたが、あらためて現状を知ることができた。海外では利用事例が少しずつ出てきているが、日本は地震国であるため、耐震性の問題で3Dプリンティングコンクリートの分野では後進国とのこと。それでも積層による隙間の出来具合や、圧縮・引っ張りの強度の確認等の基礎実験が進められていることが紹介された。

自分も日々道路や橋などを使っているが、利用出来て当たり前のような感覚でいた。今回のお話を聞いて、材料や技術の進化はもちろん、安全のための維持管理に関してもいろいろな考え方や取り組みが進められているということを知ることができ、インフラ構造物の見方が広がったのが収穫であった。