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制作演習(行動分析)

レポート:小林茂(情報科学芸術大学院大学 教授)

制作演習は、プロジェクト実習や個人制作を行うにあたって重要だと思われる実践的なスキルを習得することを目的とした授業です。その中のひとつである行動分析は、観察やインタビューにより人々の行動を分析し、洞察へとつなげる定性的な手法を学ぶことを目的とし、2012年からワークショップを中心とする形式で開講しています。昨年までは、1日3コマ、3日間という限られた時間の中で観察とグループインタビューという二つの手法を扱っていましたが、今年はより深く理解できるよう、観察のみに集中する内容へと変更しました。

1日目:2019年7月3日(水)

まず最初に、この演習の目的、課題、対象となる現場を紹介しました。今年の課題は、「ソフトピアジャパンセンタービル周辺において、どのような人々が、何を目的に、どのように過ごしているのか、そこにどのような課題や可能性があるのかを明らかにする。」です(ソフトピアジャパンセンタービルはIAMASの入居する岐阜県大垣市のオフィスビルです)。
対象とする現場について紹介した後、20名の履修生が現場に関するそれぞれの印象を簡潔に発表し共有しました。今回の履修生は全て1年生で、今回の現場となるソフトピアジャパンセンタービルでは入学後3ヶ月弱にわたって何らかの活動を行っています。その発表からは、普段の授業や生活に関係する空間しか探索していない人もいれば、それ以外の空間やそこで活動する人々にも積極的な関心を向けている人もいることがわかりました。
続けて、この演習を担当する2名の教員より、観察という手法について短いレクチャーを行いました。メディアコミュニケーションを専門とする金山は、客観を重視する立場と主観を重視する立場の違いを、それぞれが前提とする存在論、認識論、人間の本質、方法論などの比較から示し、主観を重視する立場が用いる手法のひとつとして観察を位置づけました。その上で、現場における観察を記述する際の考え方として文化人類学者のC. Geertzによる「厚い記述(thick description)」(濃い記述/濃密な記述と訳される場合もあります)を紹介しました。イノベーションマネジメントを専門とする小林は、観察を行う理由として、明示的と暗黙的、両方のニーズを発見できる、認知的バイアスを軽減できる、イノベーションに繋がる種を見つけられる、などをあげました。その上で、観察の手法としてH. BeyerとK. Holtzblattによる「5モデル分析」などいくつかの例を紹介しました。

これらの講義を踏まえて、履修者はランダムに6つのチームに分かれ、それぞれが観察の対象とする現場を決めました。ここで、個別ではなくチームにしたのは、異なるスキル、視点、経験を持つ人々が一緒に観察することにより、一人ではできないレベルの観察ができることを実感してもらうためです。その後、約2時間で実際に観察し、テキスト、スケッチ、写真などによる記録を持ち寄って再び集まりました。観察の対象とした現場は、センタービル1階のレストラン周辺、公共空間、展望ロビーや、周辺の公園などでした。人々の服装、持ち物、動きなど、自分たちの観察したことに関する履修生からの発表に対して、よりよい観察にするためのアドバイスを教員が返しました。例えば、展望ロビーを観察したチームは、空間の中央に陣取って観察したため、他の利用者に影響を与えてしまいました。こうした経験を踏まえ、どのようにすればよりよい観察をできるかを考え、自分(たち)なりの手法を構築することが重要なのです。



2日目:2019年7月5日(金)

2日目は、1日目に続いて再び現場での観察を行いました。1日目と比較すると時間が長く、2回目ということで前回との比較ができたこともあり、1日目と同様最後に行ったレビューでは、どのチームもより深いところまで観察できていました。最後に、3日目までの課題として「自分(たち)が観察した対象者の中から選び、1日目の講義を参照してその人の行動について800〜1000字程度のテキストと1点以上のスケッチにより厚い記述(thick description)を書く」を紹介しました。




3日目:2019年7月9日(火)

3日目は、2日目の課題を基に進めていきました。まず、自分のチーム以外の提出物からどれかひとつを選び、5W1Hの質問を心に浮かべながらテキストを読み、疑問点をコメントとして記入していきました。自分自身で行った観察について自分自身で記述すると、その現場を知らない第三者にとって必要な記述が抜け落ちてしまうことが多々あります。これに対して、相互にレビューすることにより、レビューされた側が問題点を知ることができるだけでなく、振り返って自分自身のテキストについても考えることにより、双方の立場でスキルを高めることができます。一通りコメント記入が終わったら、レビュー担当者と教員がコメントし、最後にそれらのコメントを参照しつつ書き直しました。

演習の最後では、各自が書き直したテキストを持ち寄り、お互いのテキストを読みながら、それぞれが観察した現場に関する洞察を抽出し、根拠とともに記述し、発表しました。例えば、あるチームが観察した現場では、想定されている使われ方と、実際の使われ方の間にギャップがありました。こうしたギャップからは、人々の潜在的な欲求を読み取ることができます。今回は時間の関係で洞察までとしましたが、ここから続けて様々なアイデアへと発展させていくこともできるでしょう。
1日3コマ、3日間という限られた時間ではありましたが、定性的な調査手法のひとつである観察を実際に行い、繰り返しレビューを受けながら取り組んだ経験は、今後の研究に活かされるものと期待しています。

担当教員:小林茂、金山智子