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2023年 リンツ美術工芸大学交換留学体験記 #3 自身の研究内容 / 帰国後の展示について

石塚隆(博士前期課程2年)

はじめに

こんにちは、IAMAS修士2年、石塚隆(いしづかりゅう)です。
この連載では、IAMASの交換留学制度を利用し、2023年4月から7月にかけての3ヶ月間、オーストリアのリンツ美術工芸大学(Kunstuniversität Linz)での留学経験に基づくレポートを掲載します。この連載を通じて、留学先の大学についてや、現地の学生やアーティストの活動、ヨーロッパのアートシーンなどについて共有していきます。

#1 Interface Culturesの成り立ちとIAMASとの関係 / 現地の授業の様子について
#2 ヨーロッパ周辺のアートシーン / 現地の学生やアーティストの活動
#3 自身の研究内容 / 帰国後の展示について

今回は「#3 自身の研究内容 / 帰国後の展示について」大きく3つのトピックに分けてそれぞれご紹介します。


目次


研究内容:色彩の動的な知覚 -孔雀の羽を用いた作品制作-

私の研究は、色彩の知覚に関するものです。具体的には、私たちがどのように色を見て、感じているのかを深く掘り下げることに焦点を当てています。例えば、夕焼けの赤色や植物の葉の緑、水面の青、スマートフォンの画面など、これらの色はどのように私たちの目に映るのでしょうか?人はこれらの自然現象から物体の色など、様々なものに名前をつけ、それらを絵画として、また、写真や映像の中で再現しようとしてきました。なぜ人は移りゆく色彩現象に名前をつけ、ある1つの”色”として捉えるのでしょうか。
そういった色彩の知覚について、構造色という特殊な発色現象を持つ孔雀の羽を用いた作品制作を通して探求しています。

構造色について

「構造色」とは、自然界の中で見られる不思議な色の現象の一つです。これは特定の物質が持つ色ではなく、光の反射、屈折、干渉といった光の物理的な性質によって生じる色です。普通、物の色はその物質に含まれる色素によって決まるものですが、構造色の場合は少し異なります。
たとえば、蝶の翅(はね)や孔雀の羽の美しい色は、色素によるものではなく構造色によるものです。これらの生物の表面は微細な構造で覆われており、光が当たると特定の波長の光だけが反射されます。その結果、私たちの目には鮮やかな色として映るのです。
構造色の特徴は、見る角度によって色が変わることです。同じ孔雀の羽でも、光の当たり方や見る角度によって、青、緑、時には黄色など、さまざまな色に見えるのはこのためです。これは、光が羽の微細な構造に入り込み、様々な方向に反射されるために起こります。
構造色は生物の体表だけでなく、空の色や鉱物、化石、CDの裏面、人間の虹彩など、それぞれ発色の仕組みは異なりますが、微細構造によって発生する色として扱われています。

モルフォ蝶
タマムシの翅

「動的な色彩の知覚」って何?

通常、色というのは静的なものとして捉えられがちですが、私の研究では「動的な色彩の知覚」という考え方を採用しています。これは、色が単に目に映る静止したイメージや単なる物質的特性ではなく、私たちの身体性や周囲の環境との関係性の中で変化する現象であるという考え方です。つまり、色は静的なものではなく、見る角度、光の当たり方、周囲の環境など、さまざまな要素との相互作用の中で絶えず変化していると捉えます。
この考え方は、色彩を知覚するプロセスが私たちの身体的な存在と深く関連していることを強調します。たとえば、光の強さや角度によって私たちの瞳の反応が変わり、それによって色の知覚が変化します。また、運動や位置の変化によっても、私たちが見る色は変わるため、色の知覚は私たちの身体的状態や動きと密接に関連しています。

色の知覚は周囲の環境との関係性にも依存しています。例えば、同じ物体でも異なる背景の中で見ると、色が異なって見えることがあります。これは色が単独で存在するのではなく、周囲の色や形、光との相互作用の中で成り立っているためです。
これは一見当たり前のようですが、普段の生活の中で概念的に色を知覚する私たち人間にとって、色彩は静的なものとして無意識に捉えているので、それを動的なプロセスとして捉え直すことはとても重要です。
このように、色彩は身体と周囲の環境との間の関係性の中で形成される、非常に複雑でダイナミックなプロセスであると言えます。これを私は「身体と取り巻くものとの関係性の表れが色である」と捉えています。

 

オーストリア・リンツでの研究活動

オーストリアという新しい環境で研究活動をするのは中々苦労が必要でした。制作する材料を調達したい時は取り扱っている店を探すところから始まり、研究資料を探しに図書館に行くとドイツ語で書かれた本が並んでいたり、電化製品は日本製と規格が違うため、現地で購入しても帰国後に日本で使えなくなってしまうなど、何をするにも手間がかかってしまいます。
研究のためにヨーロッパ内の研究所やデザインスタジオにアポイントを取っても、個人の学生の要望は中々受け入れてもらうことができず、共同研究も3ヶ月という短い期間では実現は難しい状況でした。
色々と現地の学生や先生などに相談しながら研究に取り掛かりつつ、手始めに孔雀の羽をECサイトで注文して手に入れました。手に入れた羽を顕微鏡で観察したり、分解するなど、構造色という発色現象についてや、孔雀の羽のマテリアル特性を知るための実験を行いました。
また、リンツ美大では、「#2 ヨーロッパ周辺のアートシーン / 現地の学生やアーティストの活動」リンツ美大の”Ars Electronica Project”についてにて紹介した”Ars Electronica Project”に参加し、ディスプレイと羽の現物を用いてメディア技術の色表現の限界を提示するようなインスタレーションを計画し、プレゼンテーションを定期的に行いました。ただ、こちらも3ヶ月で帰国しなくてはならず、9月に行われるフェスティバルの準備に参加できないといった側面もあり、展示の実現には至りませんでした。




”Ars Electronica Project”のプレゼンテーション資料の抜粋

 

帰国後の展示:「孔雀色」

3ヶ月の留学を終えて7月の上旬に日本に帰国した後、留学の成果展示も兼ねて、7月22日、23日に行われたIAMAS OPEN HOUSE 2023での展示「孔雀色」をギャラリーにて行いました。展示では、「孔雀の羽と人間の瞳の色が同じ発色構造を持っている」という点に着目して2つの関係を対比する形で表現し、映像やインタラクティブな作品、ミクストメディアなど複数のメディウムを通して、孔雀の羽と人間の瞳をモチーフとした作品を複数展示しました。
この展示を通じて、色とは何か、瞳の色とは何か、そして、私たちが日常的に目にする色の本質について考える機会を提供しました。
本展示は映像作品で構成されているため、アーカイブ動画等については作品紹介のホームページをご参照ください。

展示全体の様子

展示の背景

OPEN HOUSEにて展示を行うにあたり、留学の成果をどうやって形にするかを考え、留学経験でしか得られない素材を使った作品を作りたいという思いがありました。そこで、現地の学生や教員に協力をあおいで瞳の写真を撮らせていただき、映像素材にしました。
現地の人々の瞳を素材として扱った理由は、人間の瞳の色の多様性と相対性を探るためです。留学中に出会ったさまざまな国籍の方々の瞳は、異なる色や虹彩のパターンを持っており、それぞれが独自の美しさと複雑性を持っています。ただ、人は人の瞳に対して「黒」「茶」「青」「緑」と色を区別します。しかし実際は物質的に同じ色素を持っていて、それぞれが名付けづらいほど複雑な発色をしています。この多様性を、構造色の概念と結びつけることで、色彩の複雑性や、環境や条件によって変化する相互作用性を視覚的に示します。

展示のテーマと構成

展示タイトル「孔雀色」は、構造色を持つ孔雀の羽と人間の虹彩との関係をテーマにしたものです。展示は三つの部分に区分けされており、左側には映像作品を、正面にはインタラクティブな作品を、右側には孔雀の羽の現物展示という構成です。留学中に集めたInterface Culturesの学生たちの瞳の写真や、孔雀の羽を瞳に見立てた写真を活用し、観察者に色という現象を人がどのように知覚しているかについての気づきを与えます。
続いて、三つに区画を分けて展示した各作品についてご紹介します。

1. 映像作品

映像作品は全体で一つの顔面を構成しており、右目は人間の目を、左目は孔雀の羽から生成した目の画像を表示し、2つの目を並べています。
右目の映像は異なる国籍の人々の瞳の画像をAIによってフレーム補間し、人間の瞳と目の形がゆっくりと変化していきます。左目の画像は、孔雀の羽の眼状紋を人間の目に見立てて撮影した写真を用いてAIで画像変換と修正をし、高精細な目の画像を作成しました。

瞳の写真が移り変わる様子

瞳の色は通常、特定の色素によって決まると考えられがちですが、実際には光の反射や屈折によって見える色が変わるという点で、孔雀の羽の発色に似た性質を持っています。人間の目の色や孔雀の羽の色はどちらも実際は同じ茶色のメラニン色素に由来しており、どちらもその色素の微細構造によって様々な色に見えているのです。

こういった孔雀の羽と人間の目の色彩の相似性に注目し、移り変わる人間の瞳の色と孔雀の羽の色を通じて、私たちがどのように色を知覚し、解釈するかについての理解を深め、我々が日常的に区別している色が実際はどのように見えているのかについて意識を向けます。

2. インタラクティブ作品

この作品では、光の当て方を変えた瞳や孔雀の羽の観察映像を鑑賞者自身の瞳の映像をインタラクティブに切り替えて壁に投影します。ベースに流れる映像は、瞳の写真を撮影する際に、光の当て方を変えると色味や構造がどう変わるのかを観察した実験時の映像と、孔雀の羽を色ごとに分割して顕微鏡に起き、同じく光の当て方変えた時の色の変化を観察した映像が交互に入れ替わるようになっています。
空間に置かれた展示台の上に鑑賞者が顔を置いてカメラを見つめると、映像が切り替わります。自身の瞳が壁に投影され、自身の瞳の色や虹彩の構造を直接観察することができます。これにより、鑑賞者自身の視覚について注意を向けます。

展示台にカメラと照明が設置されており、通常時は壁に映像が投影されています展示台にあごを乗せ、カメラを見つめると映像が切り替わります鑑賞者の瞳が壁に投影される様子
3. 孔雀の羽の現物

孔雀の羽を色域ごとに分割し、架空の新しい色材「孔雀色」として展示します。孔雀の目の模様(眼状紋)は上尾筒と呼ばれ、大きく4つの色域「紺・青・黄・緑」に分けられます。
小さな瓶には上尾筒1本から取れる色材が色域ごとに分けられており、1本の羽の色の割合を見ることができます。円形の透明なケースには複数本の上尾筒から採取した色材がディスプレイされています。また、これらの色材は見る角度によって色彩が変化するため、例えば青の色域では、ある角度からは紫色のように、またある角度からはエメラルド色のように見えます。
これは、色が単なる物質的な属性ではなく、観察者とその環境との関係によって形成され変化するダイナミックなプロセスであることを提示します。そして、固定的な色素としてではなく、身体の移動を伴って変化を知覚する架空の新たな色材として「孔雀色」と名付けて提示しています。

孔雀の上尾筒から作成した色材「孔雀色」

 

まとめ

この連載を通して、リンツ美術工芸大学での留学経験とその中で得た学びを共有することができました。留学は単なる学術的な探求に留まらず、異文化との出会いや新しい視野、そしてアートに対する考え方の大きな変化を得る重要な機会になりました。
特に、異なる文化背景を持つ人々との交流は、自分の中にある固定観念に疑問を投げかけ、自身の制作活動に対する姿勢について考え直すきっかけを与えてくれました。そして、それは今後の自身の活動の指針にも繋がっています。

これまでの記事で、現地での授業風景やヨーロッパのアートシーン、そして私自身の研究内容に焦点を当て、留学経験を通して私の活動にどのように影響を与えたかを紹介してきました。
この連載が、留学がもたらす経験の豊かさと、制作や研究活動への力となることをお伝えし、留学を考えている方々の一助となれば幸いです。また、ヨーロッパのアートシーンに興味を持つ方々にとって、新たな視点や活動の源となれば嬉しいです。